アニメ「世界名作劇場」




1: ポンポコ名無しさん 16:57:30 ID:HzS
まぁ、書き留めたものを淡々と投下するだけの作業や

文章が雑やけど容赦してくれ

以下の順に解説していくで

■『アルプスの少女ハイジ』
■『フランダースの犬』
■『母をたずねて三千里』
■『あらいぐまラスカル』
■『ペリーヌ物語』
■『赤毛のアン』
□「世界名作劇場大全」について
■『トム・ソーヤーの冒険』
■『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』
■『南の虹のルーシー』
■『アルプス物語 わたしのアンネット』
■『牧場の少女カトリ』
■『小公女セーラ』
■『愛少女ポリアンナ物語』
□「フジテレビの変化」について
■『愛の若草物語』
■『小公子セディ』
■『ピーターパンの冒険』
■『私のあしながおじさん』
■『トラップ一家物語』
■『大草原の小さな天使ブッシュベイビー』
■『若草物語 ナンとジョー先生』
■『七つの海のティコ』
■『ロミオの青い空』
■『名犬ラッシー』
■『家なき子レミ』
□1997年から2007年までの間
■『レ・ミゼラブル 少女コゼット』
■『ポルフィの長い旅』
■『こんにちはアン Before Green Gables』
□etc

45: ポンポコ名無しさん 17:53:49 ID:HzS

【アルプスの少女ハイジ】
スイスの自然の中で暮らす少女ハイジの成長や、周囲の人々との交流を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (6)

放送期間:1974年1月6日~12月29日 全52話
冠枠:カルピスまんが劇場
提供:カルピス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (7)

監督(クレジット上は演出):高畑勲
プロデューサー/瑞鷹エンタープライズ社長:高橋茂人
担当プロデューサー:中島順三
脚本:吉田義昭、大川久男、佐々木守
キャラデザ:小田部羊一
作画監督:小田部羊一
音楽: 渡辺岳夫

原作者:ヨハンナ・ホーセル・シュピリ(スイス/1839-1908)
原作:「アルプスの少女ハイジ」
[Heidi's Lehr-und Wanderjahre(ハイジの修行時代と遍歴時代)](1880)および[Heidi Kann Brauchen,was es gelernt hat(ハイジは習ったことを使うことができる)](1881)
舞台:推定1880年前後 スイス、ドイツ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (8)

46: ポンポコ名無しさん 17:54:48 ID:HzS
今や長編アニメーションの巨匠として知られる故・高畑勲氏によるTVシリーズ初監督作品。

日本のアニメ史において「名作ものアニメ」という新潮流を定着させ、 後の名劇シリーズの作風や制作スタンスの基礎を築いた本作。

「名作ものアニメ」と括られる作品自体はそれまでにもあったが、そのどれもが動物を擬人化するなどの、メルヘン色の濃いものであった。

しかし、本作では非ファンタジーの世界における人間の日常生活を描いている。

これは当時のアニメとしては衝撃的であり、大きな冒険でもあった。

そのため、企画時には関係者から「失敗する」とささやかれたりもしたが、その予想を大きく裏切り、ヒットを成し遂げたのである。

その頃、後にアニメブームを牽引することとなる『宇宙戦艦ヤマト』が裏番組として放映されていたが、本作の影響で苦戦を強いられたことは有名な話だ《※》。

《※ 『ハイジ』より遅れて1974年10月に『ヤマト』が読売テレビ系で放送される。
その頃、『ハイジ』は物語の佳境を迎える第4クール目に入っており、『ヤマト』は初っぱなから厳しい状況に立たされてしまった。
そして、視聴率の低迷と制作費の増大から、予定していた1年を待たずして半年で終了してしまったのだ。
その後、新人類世代が中心となって徐々にコアなファンが増えていき、1977年に劇場版が公開されたのをきっかけにアニメブームが巻き起こる。
ちなみに、『ヤマト』プロデューサーの西崎義展氏はズイヨー映像の元制作部長でもあった。》

47: ポンポコ名無しさん 17:56:07 ID:HzS
さて、ここで気になるのは、なぜ本作が制作されたかということだ。

そこには瑞鷹エンタープライズ社長の高橋茂人氏の長年の思いと、高畑氏の挫折があった。

原作に強い思い入れがある高橋氏は、瑞鷹設立以前から『ハイジ』を構想しており、また、日本のアニメーションを世界に通用するものとしたいと考えていた。

瑞鷹の設立後、しばらく立って理想の制作体制ができつつあった頃に本作の企画を立てたというのだ。

しかし、この企画の売り込みは放送局や広告代理店から猛反発を受け、実制作を担ってくれる人も中々見つからなかった。

そうした中、Aプロの大塚康生氏《※》により、高畑氏が紹介されたのだ。

《※ 東映動画時代の高畑氏の先輩。アニメーターとしては宮崎駿氏の直々の上司となる。》

48: ポンポコ名無しさん 17:56:51 ID:usO
何やこのレベル
もはや卒論やろ

49: ポンポコ名無しさん 17:57:39 ID:HzS
一方、高畑氏は以前にTVシリーズ用の名作ものアニメとして『長くつ下のピッピ』《※》の企画を請け負っていた。

その立ち上げのため、小田部羊一氏と宮崎駿氏を誘い、東映動画からAプロへ移籍した経緯がある。

しかし、『ピッピ』は原作者からの版権許可が降りず、代わりに中編作『パンダコパンダ』を制作されたのだ。

その後、高畑氏は高橋氏から本作企画の打診を受けたのである。

そして、アニメ化のための算段が整ったのち、再び小田部氏と宮崎氏を誘って、本作の制作へと至ったのだ。

このように『ピッピ』での挫折が『ハイジ』制作への原動力となったのである。

そもそも『ピッピ』の企画を請け負った理由の一つが、演劇性のないごく当たり前の日常描写を描きたい思いにあったのだ。

これには、アニメ業界を席巻していたスポ根やSFといった刺激的な作品郡に対するアンチテーゼも込められている。

《※スウェーデンの児童文学作家アストリッド・リンドグレーンによる同名の創作童話を原作とする。
原作者は宮崎吾朗監督作品の『山賊の娘ローニャ』と同じである。》

50: ポンポコ名無しさん 17:59:44 ID:HzS
本作の制作にあたり、高橋氏と高畑氏に共通している方針がある。

それは良心的作品を目指していることと、ディティールの追及だ。

前者は、高度経済成長によりもたらされた、物質文明に晒される子供や公害問題などが表面化した社会に訴えかけたものだ。

それは原作の持つ自然讃歌や人との信頼という魅力を通じて伝えられている。

原作にある宗教色の強い描写も、 本作で重点が充てられた自然描写や日常描写の中に自然に溶け込んでいるのだ。

後者は、本作の舞台であるスイスの暮らしを知らなければ、丁寧な日常描写を描くにも、世界に通用させることも叶わないからと思ったからだ。

そこでまず行われたのが、日本のアニメとして初となる海外ロケハンである。

既に『ピッピ』企画時には宮崎氏が単独でスウェーデンへロケハンに行っていたが、実際にアニメ化に至ったものとしては本作が初めてだ。

海外ロケハンではその地の風土はもちろんのこと、現地住民の生活習慣や衣食住、仕草などを綿密に調べ上げている。

高畑氏は帰国後も民俗学的な研究にまで着手し、アニメーションとの釣り合いも考えながら、独自の演出方法を構築したのだ。

51: ポンポコ名無しさん 18:02:32 ID:HzS
作画面におけるディティールを高めるために、「場面設定」と「画面構成」という担当職が設けられた。

場面設定とは、家屋や家具・道具類などを設計する役だ。

それまで他の作画職により大雑把に描かれていたものを、専門職化したことにより精密に描いているのだ。

どのカメラワークからでも整合性が取れるように設計され画面構成と共に臨場感を上げることに貢献している。

そして、アニメ史において画期的とも言える担当職となったのが画面構成である。

これはレイアウトのことであり、本作はレイアウトシステムが本格的に導入された最初の作品なのだ。

これらの役職は宮崎駿氏によって一手に担われている。

毎話約300枚程のレイアウトを全52回、宮崎氏がほぼ全て仕上げたという超人っぷりは今でも有名な語り草だ。

53: ポンポコ名無しさん 18:05:29 ID:HzS
今となってはお互いに大きく異なった路線を歩んでいる高畑氏と宮崎氏。

本作は、そんな両氏が最も歩み寄りを見せたのが作品であるという見方もできる。

なぜなら、本作は高畑氏の志向するリアリズムでありながら、宮崎氏の志向する躍動とファンタジーという側面を見せているからだ。

まず、本作ではアニメーションならではの表現として、ハプニングを盛り込んだり、心の動きを視覚化したりすることで、そこに躍動感を与えているのだ。

そして、 ハイジの暮らすアルプスが自然の理想郷として描かれ、また、ハイジというただ一人の少女が周囲の人々を変えていく様は一種のファンタジーとさえ言えるのだ。

【「ファンタジー」の説明に関する文章が一部欠落してしまったので、割愛】

高畑氏の作品はアニメーターの個性を引き出すことを演出方針としているが、本作ではその対象の一人が宮崎氏である。

今となってはそれが非常に価値あるものと思える。

71: ポンポコ名無しさん 18:39:07 ID:HzS
『三千里』は『ハイジ』と違って、どこか影があり、辛気くさいとも思えてしまう作品だ。

『ハイジ』では高畑氏と宮崎氏が最も歩み寄った作品であると>>53にて説明したが、本作はリアリズム志向の強い高畑氏の色がかなり濃く現れた内容となった。

その色の違いはスタジオジブリにおける両者の監督作品を見比べても直感的に分かることだろう。

しかし、そんな本作の作品世界を語る上で忘れてはならないのが「美術設定」であり、背景画においてその骨格を作っている宮崎氏の「レイアウト」という職掌である。

本作には宮崎氏が好む『ハイジ』程の躍動感こそあまり無かったが、果たした役割は『ハイジ』同様に大きかった。

そのレイアウトを基に椋尾篁氏によって背景画が描かれているのだが、宮崎氏と椋尾氏によって生み出された空間には『ハイジ』には無かった新しい魅力があったのだ。

54: ポンポコ名無しさん 18:07:11 ID:HzS
また、両氏の盟友である小田部氏の存在も忘れてはならない。

小田部氏は東映動画時代に「アニメーションの神様」こと森康二氏に師事しており、師と同じく子供や動物の絵を得意とするアニメーターである。

本作ではキャラデザと全話作監に起用されており、生き生きとしたその絵柄は、本作の持つ「躍動」を常に支えてくれている存在だ。

こうした小田部氏のキャラデザは本作のみならず後の名劇シリーズにおいて重要な地位を占めることになる。

それについては『フランダースの犬』の項にて説明しよう。

ちなみに、本作が初という訳ではないが、「キャラクターデザイン」という役職の設置は当時としては珍しいことだった。

このようにして、アニメ業界における当代一の人材を携え、国産アニメに新しいムーヴメントが沸きつつあった70年代に『アルプスの少女ハイジ』を誕生したのである。

55: ポンポコ名無しさん 18:08:28 ID:HzS

【フランダースの犬】
貧しさの中でもひたむきに暮らす、絵の好きな少年ネロとジェハンじいさん。愛犬パトラッシュと出会い、生涯をともにする。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (9)

放送期間: 1975年1月5日~12月28日 全52話
冠枠:カルピスこども劇場(27話以降)
提供:カルピス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (10)

監督 :黒田昌郎
プロデューサー:中島順三、松土隆二
脚本:中西隆三、加瀬高之、雪室俊一、佐藤道雄、安藤豊弘、伊東恒久、高山由紀子、松島昭
絵コンテ:黒田昌郎、柴田一、山崎修二、奥田誠治、斧谷稔、高畑勲、横田和善、西牧秀雄、水沢わたる、佐々木正広
キャラデザ:森やすじ
作画監督:岡田敏靖、羽根章悦
音楽: 渡辺岳夫
企画:佐藤昭司

原作者: ウィーダ(本名 ルイズ・ド・ラ・ラメー)(イギリス/1839-1908)
原作:「フランダースの犬」[A Dog of Flanders](1871)
舞台:1870年代 ベルギー
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (11)

56: ポンポコ名無しさん 18:12:26 ID:HzS
日本アニメーションが定義する「世界名作劇場」シリーズの第一作目にして、同社が手掛けることになった最初のアニメ作品。

『アルプスの少女ハイジ』に続いて、生活描写に根ざした等身大の人間たちによるドラマが描かれた。

それにより、本作のヒットをもって「名作ものアニメ」の路線が本格的に定着することになった。

そして、その路線には『ハイジ』ではほとんど描かれなかった「暗さ」や「重さ」が新たな色として加わることになったのだ。

悲劇的・シリアスな内容の名作ものアニメのルーツは本作にあり、同時に巷での「名作ものアニメ=暗くて重い」というイメージの源泉もここにあるのだろう。

特にアニメ特集系のテレビ番組が毎度のごとく本作最終回の例の名場面を取り上げていることによる影響は大きい《※》。

そして、それが巷での名作ものアニメへの偏見と毛嫌いを助長させている気もしてならない。

このように、良くも悪くも『フランダースの犬』は名作ものアニメを代表する作品の1つと言える。

《※ 他にも『ハイジ』のクララが立つシーンや『ラスカル』のラスカルとの別れのシーンは定番中の定番だろう。
ワイの印象ではそれに続いて『三千里』と『アン』、たまに『セーラ』、わずかに『トム』や『フローネ』が取り上げられてるように感じる。
これら以外の作品が挙がった例も見たことはあるが、稀である。》

57: ポンポコ名無しさん 18:14:57 ID:HzS
本作の企画・制作には一社提供スポンサーであったカルピスの影響力が大きい。

元々ズイヨー映像(本作制作中に日本アニメーションとして独立)では『ハイジ』の後番組として、「シートン動物記」のアニメ化作品が企画されていた。

しかし、当時のカルピス食品工業の社長であった土倉冨士雄氏が「フランダースの犬」のアニメ化を強く推薦したため、「シートン動物記」の企画は取り下げられ、本作の制作に至ったのだ《>>>1》《>>>2》。

制作中においては土倉氏は全話脚本のチェックを行っている。

それ自体はそれまでの提供作品でも行ってきたことなのだが、本作に関しては特に最終回への強いこだわりを見せている。

最終回では脚本のみならず絵コンテまでもチェックしており、劇伴には「アベマリア」を使ってもらうためにかなりの自費負担も行っている。

そして、ネロとパトラッシュの最期についても直接的に「死」を描くのではなく、「昇天」という形をとるように求めたのも土倉氏である。

《>>>1 その後、「シートン動物記」の企画は別の放送枠で採用され、1977年にANB系列で『シートン動物記 くまの子ジャッキー』として放送された。
監督とキャラデザは本作と同じであり、他にも多くのメインスタッフが共通している。》

《>>>2 「シートン動物記」の企画があったというのは黒田監督の談によるもの。
一方、「ハイジが生まれ日 テレビアニメの金字塔を築いた人々」の著者ちばかおり氏によると、「ウィリアム・テル」の企画が最終的に挙がっていたという。》

58: ポンポコ名無しさん 18:16:46 ID:HzS
制作スタッフは土倉氏の意向に沿うままに最後を締めくくった。

これは土倉氏がクリスチャンであったからこそ、そこまでの情熱が注がれたというわけだ。

最終回が近付くにつれ、ネロとパトラッシュの死を望まない嘆願の便りが放送局に殺到していた。

しかし、彼らの死は制作開始時点で決められていたものであり、それを暗示したものがOP映像のラストカットとして毎週映し出されていたのだ。

かくして制作された最終回は平均視聴率が30%を越え、『ハイジ』を含めた名劇シリーズ全1213話中で最も高い数字となった。

後々、名劇シリーズはスポンサーよりもテレビ局側の意向が大きく反映されるようになるのだが、この頃はまだ一社提供スポンサーの影響力が強かったことがよくわかるエピソードである。

59: ポンポコ名無しさん 18:18:23 ID:HzS
本作のキャラデザは前作『ハイジ』の項でも説明した小田部羊一氏の師であり、東映動画時代にアニメーターたちの指導的立場にあたった森やすじ氏だ。

子供と動物の絵を得意とし、線の少なさとその滑らかさに特徴を持っている。

後進である小田部氏もその影響を受けており、『ハイジ』と『フランダース』を通して東映動画出身の両氏が手掛けたキャラは以降の名劇シリーズのキャラデザインの方向性を示すものとなった。

この頃、森氏は眼の病に冒されて視力が著しく低下していたため、メインスタッフとして参加していた名劇作品は本作のみである。

しかし、それ以降の名劇シリーズにおいても、キャラクター原案や企画用イメージボードの設計などを通して都度何らかの形で携わっている。

それほどまでにも、森氏が名劇シリーズに与えた影響は大きいのだ。

ちなみに、 名劇シリーズは絵柄面においてジブリ作品と似ているとよく指摘されることがある。

それもそのはず、ジブリ作品も森氏の教えを受けた宮崎駿氏ら東映系アニメーターがその絵柄の基礎を築いたからである。

画風が似通うためか、日本アニメーションからスタジオジブリへ移ったアニメーターも多い。

60: ポンポコ名無しさん 18:21:39 ID:HzS
本作の作風は暗くて重いという認識が強い。

実際に終盤はその通りでもあるのだが、そこに至るまではほのぼのとまでは言わないまでも、牧歌的な風合いが強い。

それでも序盤のうちから暗い影は見せており、次第にネロを哀れな立場に持っていこうとする演出があることは否めない。

言わずと知れた結末を待たずして、これをまず肯定的に見るか否かで本作への評価が大きく変わるだろう。

以降の名劇シリーズにおいても、そうした傾向が見られる作品はある。

しかし、本作では物語の残酷さに対して、性格が大きく理想化された主人公が受け身になりすぎた感がある《>>>1》。

そして、デッドエンドという結末と中盤までゆったりしたテンポがひたすら続いているということも合わさり、否定的に見てしまった人にとっては後味の悪さが続く残るものと思われる。

また、テンポについて言えば、茶の間を囲って腰をじっくり据えながら本作を観てきた世代と、そうでない世代の間にはその感じ方に大きな隔たりもあることだろう。

抜群に高い知名度とは裏腹に、賛否が大きく別れる作品である。

ちなみに、前作『ハイジ』を手掛けた高畑勲氏と宮沢駿氏は本作への評価として「嫌い」と言い切っている《2》。

《>>>1 この点は『小公女セーラ』も同じである。しかし、 結末の在り方と物語のテンポは決定的に異なっている。》

>>2 高畑氏は「アニコムZ VOL.5 赤毛のアン特集」(早稲田大学アニメーション同好会発行)、宮崎氏は「映画 風の谷のナウシカ GUIDEBOOK」にて。》

61: ポンポコ名無しさん 18:23:30 ID:HzS
本作、もとい原作への不興な評価としてよく語り草となるものがある。

それは「現地では無名の物語」、「欧米では負け犬の物語と言われてる」という評価があるということだ。

まず、「現地では無名の物語」とあるが、それはそうだろう。

原作はイギリス人作者による「フランダースの犬」はイギリスで出版された後、イギリスからアメリカに渡って普及した作品だ。

そして、アメリカから日本へと伝えられ、アニメ『フランダースの犬』を通じ、日本・韓国・フィリピンで人気を得るに至る。

ここまで一度も「ベルギー」という言葉は出てこないのだ。

フランダース地方の主言語となるフラマン語(オランダ語)での完訳版が初めて出版されたのは1985年。

それ以前の訳では1885年に同地方の日曜新聞に掲載された翻案だけだったというのだ。

その完訳版が出されるきっかけとなったのが、アントワープ市当局への日本人観光客からの問い合わせであった。

そこで観光窓口担当のヤン・コルテール氏《>>>1》が調査を進めたことにより、現地でも「フランダースの犬」が認知されはじめたのである。

その結果、調査過程で原作のネロが暮らしていた村のモデルと推測される場所《>>>2》も突き止められたこともあり、現地では賑わいを見せることになったのだ。

しかし、それは一時期な流行りに過ぎなかったようで、経過と共に知名度が薄れていったという。

《>>>1 2008年、日本人妻のイシイ・ヨシミを殺害した罪により、現在、懲役14年の服役中の身にある。》

《>>>2 アントワープ市のホーボーケン区(原作出版当時はホーボーケン村)とされた。
本作ではネロの暮らす村は「ブラッケン村」という名称であったが、後の『劇場版 フランダースの犬』では「ホーボーケン村」に改められた。》

62: ポンポコ名無しさん 18:26:19 ID:HzS
次に、「欧米では負け犬の物語と言われてる」ということについてだ。

ネット上ではやや誇張気味に喧伝されてる言説だが、その直接の由来となったものが、2007年12月掲載の読売新聞の記事である。

その内容というのが、ベルギー人映画監督ディディエ・ヴォルカールト氏へのインタビューであった。

このインタビューは、ヴォルカールト氏が「フランダースの犬」がなぜ日本人にだけ共感されるのかということを検証したドキュメンタリー映画《>>>1》が上映されることを機に受けたもの。

そこでヴォルカールト氏は「フランダースの犬」について、

“欧州では、物語は「負け犬の死」としか映らず、評価されることはなかった”

といった内容の発言をしたというのだ。

《>>>1『Patrasche: A Dog of Flanders, Made in Japan』 (2007)》

63: ポンポコ名無しさん 18:27:51 ID:HzS
これとは別に、ヴォルカールト氏は共同著書「誰がネロとパトラッシュを殺すのか」において、アメリカ《※2》での実写映画版《※3》と日本でのアニメ版を引き合いに出し、日本人の精神性を浮き彫りにしている。

そこで日本人の精神に深く根ざした伝統的な理想像として、「崇高な失敗が真摯な態度と合わさり、自己犠牲につながる」という考え方を挙げている《※4》。

この精神性を日本人は「フランダースの犬」の中に見出して、共感につながったとのことだ。

しかし、フランダース人《※5》にとってそれは自分たちが打ち出したいイメージとは異なっていた。

経済的に豊かでエネルギッシュな土地としての地位を固めているところに、人生に失敗した少年の物語など惨めにしか映らないのだ。

また、作品内容の極端にセンチメンタルな部分も漫画的にしか思えないというのだ。

そうしたために、現地では「フランダースの犬」は評価されることがないのだという。

《※2 アメリカに関しては「フランダースの犬」の知名度が高い。》

《※3 アメリカでは5度も映画化され、そのいずれもがネロが生き残るという形のハッピーエンドを迎えている。
5作目となる1999年版ではネロの葬儀シーンが描かれたが、結局それも夢オチにすぎなかった。》

《※5 同書では欧州の人間というより「フランダース人」を主な比較対象としている。》

64: ポンポコ名無しさん 18:29:41 ID:HzS

【母をたずねて三千里】
アルゼンチンへ出稼ぎに行ったマルコの母。便りが途絶え、マルコは母を想い、一人旅立つ決意をする。三千里の果てを目指し、ジェノバを発つ。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (12)

放送期間:1976年1月4日~12月26日 全52話
冠枠:カルピスこども劇場
提供:カルピス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (13)

監督:高畑勲
プロデューサー:中島順三、松土隆二
脚本:深沢一夫
絵コンテ:高畑勲、富野喜幸、奥田誠治、黒田昌郎
キャラデザ:小田部羊一
作画監督:小田部羊一
音楽: 坂田晃一
企画:佐藤昭司

原作者:エドモンド・デ・アミーチス(イタリア/1846-1908)
原作:「クオレ」[Cuore](1886)より
舞台:1879~1880年 イタリア→アルゼンチン
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (14)

65: ポンポコ名無しさん 18:31:36 ID:HzS
イタリアの愛国小説「クオレ」より、その中から100ページにも満たない劇中劇「アペニン山脈からアンデス山脈まで」を原作とする本作《※》。

この短編の物語を一年間のTVシリーズとして描くにあたり、本作ではかなりのオリジナルストーリーが肉付けされた。

旅の物語を作るときには、「股旅もの」のような勧善懲悪と義理人情に根ざした物語が一番やりやすい方法とされる。

具体例を言えば、『水戸黄門』がその典型的な例である。

しかし、本作では監督である高畑勲氏の意向により、安易な人情ドラマを描くことは避けられた。

原作の持つ風合いを残しながら、名作ものらしく「ありのまま」の人情を描いた物語として描いたのだ

《※ 日本アニメーションは後の1981年に「クオレ」そのものを原作とした、『愛の学校 クオレ物語』というアニメを制作している。
その中には、「母をたずねて三千里」というサブタイトルの回が前後編分けて2回ある。
言うまでもなく、それは「 アペニン山脈からアンデス山脈まで」を基にした内容である。 》

66: ポンポコ名無しさん 18:32:49 ID:HzS
本作の主人公マルコは原作と同様、旅の道中で借りを作ってばかりの非力な少年として描かれている。

そこに加えて、大人に媚びることのない自我の強さを押し出すことにより、ありのままの子供らしさを追及している。

そこには高畑氏が「良い子」に描きすぎたと語る『アルプスの少女ハイジ』の反省があり、本作はよりリアリズムに徹する形となったのだ。

こうした子供像の描き方は後の監督作『赤毛のアン』でも活かされ、高い評価を得た。

また、スタジオジブリ設立後に高畑氏が手掛けた最初の監督作『火垂るの墓』では、そこで描かれる「主人公たる資格の無い主人公」のはしりとして、本作のマルコを挙げている。

67: ポンポコ名無しさん 18:34:12 ID:HzS
マルコが作中に出会う人物たちには、一見すると善人や悪人のように見える人物がいる。

しかし、各々が貧困や移民の問題などといった社会の暗部を背景とした事情を抱えており、勧善懲悪もののように善悪に典型化されてるという訳ではない。

善人のように見えてマルコを失望させるものもいれば、根っからの悪人もいないのだ。

そして、マルコはそうした周囲の事情に巻き込まれながら、母と再会できる日までひたすらに苦悶の道を歩んでいく。

いわば「巻き込まれ型」の主人公として、子供らしく、その非力さが強調され、厳しい現実に曝されていくのだ。

68: ポンポコ名無しさん 18:35:31 ID:HzS
本作はこのような形で、人の多様な面を写した「ありのまま」の人情劇が描かれている。

ありのままの人間を描くことは、ありのままの生活描写を描くことにも繋がることである。

それゆえに、本作は旅ものでありながら、ある意味では「名作ものアニメ」の王道中の王道を行く作品だと言えるのだ。

高畑氏が以前に監督した『ハイジ』と比較しても、「人の在り方」というのがより現実味あるものとして描かれたことからもそれが言えるだろう。

こうした本作の作風は、第二次大戦後に隆盛したイタリア映画の新潮流であるネオレアリズモ映画の影響を受けている。

これは社会の現実をドキュメンタリー映画かのようにして客観的に見つめた描写に特徴を持つものだ。

この「現実」と「客観的」という2つのワードは、本作を含めて高畑氏の監督作品における重要な柱となっており、後の監督作である『赤毛のアン』においても受け継がれていった。

69: ポンポコ名無しさん 18:36:31 ID:HzS
キャラデザと作監には小田部羊一氏を、レイアウトには宮崎駿氏が起用された。

高畑氏と共に『アルプスの少女ハイジ』を手掛けた名トリオである。

東映動画の出身でもある彼らはそこで、長編アニメ『太陽の王子ホルスの大冒険』《※》の制作に携わっていたことがたった。

本作ではその『ホルス』の縁をもとに、プロデューサーの中島順三氏が『ホルス』脚本家であった深沢一夫氏を本作の脚本家として起用したという経緯がある。

《※同作は深沢一夫氏がアイヌの民族叙事詩を基に人形劇用に書き下ろした脚本「チキサニの上に太陽を」を原作としたものだ。
高畑氏がその著作権を買い取ろうとした際、深沢氏は原作のみを売ることに戸惑ったため、深沢氏自身も脚本として『ホルス』の制作に参加することになったという。》

70: ポンポコ名無しさん 18:37:36 ID:HzS
深沢氏の脚本は高畑氏との協議によって練り上げられたもので、それが本作の作風を決定づけるものとなった。

深沢脚本の特徴はナレーションや台詞の多用に頼らず、ひたすらに登場人物の感情描写に訴えたことにある。

それによって静的な印象を持ったその脚本は、日常パートにおいてはドキュメンタリーを、旅パートにおいてはロードムービーを彷彿させるものなった。

更に、そうしたイメージに彩りを持たせたのが、本作に多数登場する貧しい人間達の存在である。

その描写には横浜の下町育ちであった深沢氏の経験が活かされており、本人が自信を持って描いたと語っている。

また、深沢氏はマルコの家庭背景や旅芸人のペッピーノ一座の設定にも携わっており《※》、どちらも本作の物語では重要な要素となっている。

それほどまでに深沢氏が本作へ与えた影響は大きかったのだ。

《※ ペッピーノ一座については深沢氏の人形劇団時代の経験も活かされている。》

72: ポンポコ名無しさん 18:41:47 ID:HzS
日常パートではジェノバの幅狭い下町が描かれ、垂直に広がる密集とした空間に特徴がある。

そこでは下町に生きる人々の表情が前面に押し出されており、活気さや陰鬱さといった奥行きを持った街の表情をも見せている。

これも先述した通り、 舞台そのものにスポットを当てることで成り立つネオレアリズモ映画の影響を受けている。

後にこうした「背景の人々」の描写はジブリ作品においても受け継がれることになる。

また、日常パートには室内描写が非常に多い。

そのため、街並みと同じく難度の高い陰影の計算が必要となるのだ。

宮崎氏による立体描写と椋尾氏による陰影の付け方に特に注目したい所である。

73: ポンポコ名無しさん 18:43:04 ID:HzS
旅パートではアルゼンチンの平原と並列とした街並みが広がる旧植民地の都市が描かれ、水平に広がる散在とした空間に特徴がある。

平坦な土地ながらも、そこではマルコの背丈に合わせな低いアングルのレイアウトが多く描かれており、威圧感を得るものとなった。

そうすることにより、世界の大きさに対するマルコという非力な小さな存在を視聴者は直感的に捉えることができるのだ。

また、そこに漂う時の流れは椋尾氏の背景画による陰影と色の使い分けによって巧みに表現されている。

『ハイジ』の制作に初めて導入されたレイアウトシステムだが、本作によってその可能性は更に拡がったと言える。

『母をたずねて三千里』はアニメ作品に与えるレイアウトの影響力というものを改めて再認識するものとなった作品であったのだ。

74: ポンポコ名無しさん 18:44:40 ID:HzS

【あらいぐまラスカル】
動物好きの少年スターリングは森で見つけたアライグマの赤ん坊にラスカルと名付けて育てる。スターリングとラスカルの一年間の物語。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (15)

放送期間: 1977年1月2日~12月25日 全52話
冠枠:カルピスこども劇場
提供:カルピス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (16)

監督:遠藤政治、腰繁男(補佐)、斎藤博(補佐)
プロデューサー:中島順三、加藤良雄
脚本:宮崎晃、加藤盟(補佐)、太田省吾(補佐)、佐藤嘉助(補佐)
絵コンテ:奥田誠治、森光、御厨恭輔、富野喜幸/とみの喜幸、斎藤博、山崎修二、池野文雄、太田信
キャラデザ:遠藤政治(メイン)、森康二ほか
作画監督:桜井美知代(メイン)、遠藤政治、小川隆雄
音楽: 渡辺岳夫
企画:佐藤昭司

原作者:スターリング・ノース(アメリカ/1906-1974)
原作:「はるかなるわがラスカル」[Rascal, a Memoir of a Better Era](1963)
舞台:1914~1915年 アメリカ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (17)

75: ポンポコ名無しさん 18:46:00 ID:HzS
名劇シリーズを代表するとともに、日本アニメーションの公式シンボルキャラクターでもあるアライグマのラスカル。

日本のアニメ史においても動物キャラの中では高い知名度を持つ「ラスカル」。

名劇シリーズではマーチャンダイジング(商品化計画)を意識して、主人公のお供となる動物キャラを出している。

本作のラスカルはその最たる成功例であろう。

放送開始から40年以上経過した現在においても、未だにキャラクター商品を展開しており、日本アニメーションの権利収入に寄与し続けているのだ。

『アルプスの少女ハイジ』のトライさんばりに、時折妙なものとコラボすることもあるが、それもご愛敬。

2006年には『ぽかぽか森のラスカル』という題でラスカル単独の幼児向けアニメが制作されたりもした。

76: ポンポコ名無しさん 18:46:56 ID:HzS
原作は本作主人公のモデルでもあるスターリング・ノースが著した「はるかなるわがラスカル」。

彼が少年時代に出会い、「ラスカル」《>>>1》と名付けたアライグマにまつわる実体験を基にした自伝的内容《>>>2》の小説である。

アメリカではダットン動物文学賞、ルイス・キャロル・シェルフ賞、ヤングリーダーズ・チョイス賞、ジョン・ニューベリー名誉賞などの複数の賞を獲得した名作として知られ、1969年にはディズニーで実写映画化もされた。

《>>>1 [Rascal]とは「悪党」を意味するが、「いたずらっ子」や「わんぱく小僧」といったニュアンスがある。》

《>>>2 舞台となる街の名前が実在のものとは異なったり、ノースがよくないと感じた人物については仮名を使っていたりしている。
そうしたわずかなフィクションを付け加えながら、私小説的にまとめられているため、「自伝的内容」としている。》

77: ポンポコ名無しさん 18:47:03 ID:2Je
ロミオ好きやったなぁ

78: ポンポコ名無しさん 18:48:19 ID:HzS
監督には遠藤政治氏が起用された。

同時にキャラデザ・作画監督《>>>1》としても活躍することになった。

遠藤氏はズイヨー映像時代に『山ねずみロッキーチャック』の監督も務めており、それを下地として本作を制作したと語っている。

『ロッキーチャック』では作中に擬人化された動物たちが数多く出てくるのだが、それを描写するために遠藤氏は動物たちの習性について研究していたことがある。

その中にはアライグマの研究も含まれており、本作のラスカルの習性を描く際にもそれが活かされることになった。

また、ラスカルの個性や細かい動作の表現には、ロケハン時に取材してきた、民家で餌付けされていたアライグマを参考にしている。

このようにして遠藤氏が手掛けた「ラスカル」は、アライグマとしての気性と一個体としての性格を兼ね備えた、ごく当たり前の自然味のあるキャラとして描かれたのだ《>>>2》。

ラスカルが人気となった理由の1つは、まさにその自然味に溢れた愛嬌があるからだろう。

《>>>1 本作のメイン作監である桜井美知代氏が一時期病欠していたため、その代役として遠藤氏が作監を務めた。代役ながらも、全体の半数近くの回を担当している。》

《>>>2 ラスカルの声を演じる野沢雅子氏も、動物園に通いつめて実際に聴いたアライグマの声を参考にしていた。》

79: ポンポコ名無しさん 18:49:48 ID:HzS
商業展開においてはラスカルに焦点が当てられているが、本作の主人公はあくまでもスターリング少年である。

そして、遠藤氏は本作の物語をスターリングの成長物語として前面に押し出している。

この物語を作るにあたり、遠藤氏とプロデューサーの中島順三氏は丹念な日常を描ける脚本家を求めていた。

そうして出会ったのが宮崎晃氏だ。

松竹映画やテレビドラマの脚本を数多く手掛けたきた実写畑の人であったが、遠藤・中島両氏から熱烈なオファーをかけられた結果、本作において初めてアニメ作品の脚本を手掛けることとなった。

宮崎氏はアニメ用の脚本ということで最初は戸惑いがあったと語るが、遠藤氏から「映画やテレビドラマを書くように書いてください」と言われて説得に応じたとのこと。

そのため、本作では実際に生身の人間が演じても通じるドラマとして脚本が書き下ろされた。

そして、それをいざアニメーションに起こしてみたら、遠藤氏らスタッフから高い評価を受けるに至ったのだ。

80: ポンポコ名無しさん 18:51:20 ID:HzS
宮崎氏は時間をかけて心の葛藤を描く話を得意としており、少年の成長を描いた本作においてそれが大いに発揮されたと言える。

それはスターリングの成長を分かりやすく象徴づけるために脚色されたオリジナルのエピソードを見るとよくわかってくる。

特にそこで注目したいのは物語の終わり方である。

物語の最後にスターリングはラスカルを手放すことになるのだが、その直接の理由が原作と本作とでは異なっている。

原作では動物嫌いの家政婦を来ることになったのがその理由だ。

しかし、本作では父親の事業失敗により、スターリングが都会へ引っ越すことになったのが理由である。

ラスカルとの別れと共にスターリング自身も住み慣れた街を離れ、自身の少年時代への別れという形で区切りをつけているのだ。

原作者ノースが自身の少年時代をノスタルジックに書いたように、本作もそのように趣向を凝らしたものと強く印象づけた。

81: ポンポコ名無しさん 18:52:39 ID:HzS
丹念な人間ドラマを描き、擬人化や宗教性といったフィルターを通さない純粋な動物ものとして新境地を開拓することに成功した本作。

しかし、物語は名劇シリーズの中でもかなり地味な展開となっている。

おまけに、ただでさえ絵柄が地味だと言われる名劇シリーズの中でも、本作はとりわけ地味である。

そのせいだろう、現在ではラスカルの人気に比べて作品そのものの人気が釣り合っていない印象が極めて強いのだ。

そんな地味な作品ではあるが、舞台や脚本が織り成すノスタルジックな演出は本作の大きな魅力となっている。

また、隠れた魅力としてユーモアに富んでいることにも注目してもらいたい作品だ。

宮崎氏による淡々としながらもユーモア溢れる台詞回しは、地味な本作にアクセントを添えてくれること請け合いだ。

主演声優の配役も特徴的で、スターリングとその友人であるオスカーとアリスの声優には、そのキャラとほとんど年齢が同じである子役が起用されているのだ。

スターリング役の内海敏彦氏(放送開始時は11歳)はまだ変声期を迎えておらず、本物の男の子ならではの甘い声色が魅力的である。

声優ファンにはアリス役の冨永みーな氏(初登板時は10歳)にも注目だ。

82: ポンポコ名無しさん 18:54:01 ID:HzS
さて、最後に『ラスカル』を語る上で避けては通れないある問題について触れよう。

本作がヒットしたことにより、動物園では日本に生息していないアライグマを見ようとする客が押し寄せてきたという。

そして、視聴者の中には実際にアライグマを飼い出す人までが続々と現れたのだ。

しかし、アライグマは気性が獰猛であり、成長するにつれ攻撃的かつ活発となっていく。

そのため、飼育が困難となり、アニメを真似てアライグマを山野に放す飼い主が頻発することになった。

放逐されたアライグマはその繁殖力の高さから、各地で野生として根付きはじめ、在来種や人里に大きな被害をもたらすようになったのだ。

そのため、2005年には外来生物法の施行に伴い、真っ先に特定外来生物指定を受けることになった。

言い換えれば、公然に害獣として扱われてしまったのである。悲しい顛末だ。

アライグマは北米原産なので、アニメのようにアメリカで帰す分には何ら問題はない。

それになによりも、アライグマを飼うことの難しさはアニメでも描かれていることなのだ。

83: ポンポコ名無しさん 18:55:45 ID:HzS

【ペリーヌ物語】
父を亡くし、まだ見ぬ祖父を訪ねてフランスに向かうペリーヌ。道中、母を亡くし、ただ一人祖父の元へたどり着く。しかし、祖父は両親の結婚を認めていない孤独で冷徹な人だった。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (18)

放送期間: 1978年1月1日~12月31日 全53話
冠枠:カルピスファミリー劇場
提供:カルピス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (19)

監督:斎藤博、腰繁男(補佐)
プロデューサー:中島順三、松土隆二
脚本:宮崎晃、加藤盟(補佐)、佐藤嘉助(補佐)
絵コンテ:斎藤博、とみの喜幸、高畑勲、黒田昌郎、池野文雄
キャラデザ:関修一
作画監督:小川隆雄、桜井美知代、村田耕一、百瀬義行
音楽: 渡辺岳夫
企画:佐藤昭司

原作者:エクトル・アンリ・マロ(フランス/1830-1907)
原作:「家なき娘」[en Famille](1891)
舞台:1878~1879年 ボスニア→略→フランス
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (20)

84: ポンポコ名無しさん 18:57:33 ID:HzS
日本アニメーションが『未来少年コナン』を同時期に制作していたため、そこにベテランのスタッフが割かれてしまった中で制作された本作。

若手を中心に厳しいスケジュールのまま始まってしまったが、結果的に物語・演出面において高い完成度を誇るものとなった。

本作は『アルプスの少女ハイジ』から『赤毛のアン』までの他の名劇初期作品と比べ、本作は外部への露出は少ない。

高視聴率を叩き出したわけでもなければ、高畑勲・宮崎駿両氏の威光もないだろうからか。

しかし、本作のファン層は根強く、いわゆる「隠れた名作」として位置付けされる印象の強い作品だ。

85: ポンポコ名無しさん 18:59:34 ID:HzS
監督には前作『あらいぐまラスカル』の監督補佐を務めていた斎藤博氏が起用された。

当初監督には高畑勲氏が予定されていたらしいのだが、 放送開始の3ヶ月前になって斎藤氏に急遽バトンが渡されたとのこと。

そのため、スケジュールに余裕ができず、名劇シリーズ初期作品として唯一現地ロケハンを行うことができなかった《※》。

名劇シリーズにおける魅力の一つである舞台描写にこそ難点を残してしまったが、本作において注目するべきは脚本と演出である。

物語の方向性を決定づけた脚本には、『ラスカル』でスタッフからの絶大な支持を得た宮崎晃氏が起用された。

その手腕は本作でも大いに発揮され、宮崎氏の脚本は以降の名劇シリーズにおいても重用されることになる。

一方の斎藤氏は名劇枠の看板を急に背負うことになってしまい、クビを覚悟でやけになりながら制作に挑んだという。

そのため、本作こそ斎藤氏の持ち味が充分発揮されたとは言いがたい。

しかし、往年の名劇作品の作風を踏襲しながら、宮崎氏の脚本を強く尊重したことは、結果として演出面においても本作は良質な作品として仕上がったのだ。

《※ 物語後半の舞台となる紡績工場に関しては、その参考とするために秩父や倉敷にあった紡績工場を取材している。》

87: ポンポコ名無しさん 19:01:34 ID:HzS
本作で初めてタッグを組むことになった宮崎氏と斎藤氏のコンビ。

本作以降も『トム・ソーヤーの冒険』、『南の虹のルーシー』、『牧場の少女カトリ』を手掛けており、名劇シリーズの担い手らの世代交代を語る上で欠かせない存在である。

また、キャラデザとして起用された関修一氏もその一人であった。

名作ものアニメにはズイヨー映像時代から携わってきた方なのだが、名劇シリーズとしての参入は本作が初だ。

関氏も本作以降、多くの名劇作品を手掛けることになり、従来の東映系のものとは異なった独自の絵柄を現していくことになる。

もっとも本作では森康二氏や小田部羊一氏らの東映系の絵柄をかなり意識しながら、緊張して描いたと語っている。

そのため、斎藤氏と同じく、関氏もこの頃はまだ持ち味が発揮されていない。

両氏が持ち味を発揮するまでは後年の『トム』を待たねばならないのだ。

ちなみに、本作では作監として『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』に携わった小田部羊一氏を起用する予定でいた。

しかし、本人はキャラクターのマンネリ化を理由にそれを辞退し、同時に日本アニメーションを退社したのだ《※》。

これもまた名劇シリーズの世代交代を予期させるものとなった。

《※ 退社後はフリーとして活動。
その後、異業種となる任天堂に開発アドバイザーとして入社している。
特に「マリオ」や「ポケモン(アニメ)」には縁深いお方なのでその方面のファンの間でも有名であろう。》

89: ポンポコ名無しさん 19:02:46 ID:HzS
本作の物語は前半部の旅編と後半部のマロクール村編で構成される。

前半部は更にパリ入城を境として、旅編前半と旅編後半でパート分けができる。

序盤1クール以上に及ぶ旅編前半はアニメオリジナルの物語であり、この時点では本作の魅力を掴み得ることは難しい。

しかし、これは後半部にて仕上がった、名劇シリーズでも一二を争う出来すぎた主人公であるペリーヌというキャラに現実味を与えるための伏線であることが後に分かってくる。

旅編後半は宮崎脚本の人間ドラマが次第に色濃く現れ、各回の前後間の繋がりが明瞭なため、小気味良さを感じるだろうが、これもまだ過程の段階だ。

後半部では舞台が固定され、ペリーヌと祖父のビルフラン、彼女らを取り巻く人物達の心理描写が盛んに描かれたドラマへと発展する。

ここで本作最大の魅力とも言えるのが、心理描写がより濃厚となる、ペリーヌがビルフランの側に置かれるようになってからの展開だ。

そこでは焦れったさと緊張感が連続する室内劇さながらの様相を呈し、それらが一気に解放されるクライマックスの名シーンは名劇シリーズの中でも大変高い評価を得ている。

まだ面白いことに、本作ではクライマックス以降に4話分の後日談が描かれており、安心感のある夢見心地のような最終回を迎えている。

ここに斎藤・宮崎両氏の底力を垣間見ることになる。

スタッフ不足にこそ陥ったが、後半にはそれを盛り返して、名劇シリーズの中でも完成度の高い作品として仕上がったのだ。

90: ポンポコ名無しさん 19:04:49 ID:HzS
元日と大晦日が名劇枠の入る日曜日だったため、名劇シリーズ最長となる全53話という放送回数を記録した本作。

この頃はテレビ番組に及ぼす一社提供スポンサーの影響力というものが強かった時代であり、既に多くの実績を納めていた名劇枠は堅牢な土台の上に成り立っていた。

そのため、他局が年末年始に特番を組んでいた中、当時の名劇枠はそれを物ともせずに我が道を進むことができたのだ。

特に名劇シリーズは、最初から放送尺が決まっていて予定通り完結させる、という特殊な放送契約《>>>1》が結ばれていた番組であったことも相当に影響しているだろう。

また、序盤の掴みが重視される連続テレビアニメにおいて、大器晩成型の典型とも言える本作の物語構成はその時代だからこそ実現できたものである。

しかし、そのせいもあったのか《>>>2》、本作からは視聴率の落ち込みが目立ちはじめてしまったことは惜しまれる。

《>>>1 テレビ番組は半年(2クール)単位ごとに契約されることが多く、視聴率などの様子を見て契約を継続するか否かが決められている。》

《>>>2 作画陣も不足していたという。
先述した『未来少年コナン』の制作がその背景にあるだろう。》

91: ポンポコ名無しさん 19:06:27 ID:HzS
ちなみに、本作が放送されていた当時、本作と原作者が同じである、ある名作ものアニメが放送されていた。

そのタイトルは『家なき子』。

本作とは1時間違いの対抗番組として、日曜18時半にNTV系列で放送されていた作品である。

制作会社は東京ムービー(現在のトムス・エンターテイメント)であり、名作ものアニメとしては日本アニメーションのライバルとも言うべき存在である。

名作ものアニメとしての作風は互いに大きく異なっているものの、『家なき子』の方も高い評価を得ている。

出崎統氏が監督を務めた往年の名作だ。

92: ポンポコ名無しさん 19:09:09 ID:HzS

【赤毛のアン】
カナダ・プリンスエドワード島を舞台に、 孤児院から間違ってもらわれてきた少女アンの成長を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (21)

放送期間:1979年1月7日~12月30日 全50話
冠枠:世界名作劇場
提供:カルピス食品工業、花王石鹸
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (22)

監督 :高畑勲
プロデューサー:中島順三、遠藤重夫
脚本:千葉茂樹、磯村愛子、高畑勲、高野丈邦、荒木芳久、神山征二郎
絵コンテ:池野文雄、奥田誠治、とみの喜幸、楠葉宏三、腰繁男、横田和善、光延博愛、馬場健一
キャラデザ:近藤喜文
作画監督:近藤喜文
音楽: 毛利蔵人
企画:佐藤昭司

原作者:ルーシー・モード・モンゴメリ(カナダ/1874-1942)
原作:「赤毛のアン」[Anne of Green Gables](1908)
舞台: 1897~1902年 カナダ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (23)

93: ポンポコ名無しさん 19:10:32 ID:HzS
誰もがその名を聞いたことがあるであろう、モンゴメリが著した少女小説の傑作「赤毛のアン」を原作とする本作。

アニメ化以前から熱烈な原作ファンを多くいたために、高いハードルのもとで制作された。

監督には『ハイジ』と『三千里』を手掛け、名作路線の確立に大きく貢献した高畑勲氏を起用。

高畑氏は本作を制作するにあたり、徹底的な客観主義による原作に忠実な作品作りを行った。

その忠実度は名劇シリーズ随一と言ってもよく、物語のみならず演出においても原作第一の姿勢を取っている。

この企画を受け取った際、高畑氏は実際に原作を読み込み、その良さを認めている。

そこでは原作者が主人公アンに対して情緒的にならず、一定の距離を持った俯瞰的態度で会話劇が描かれていることに特徴があった。

そこに高畑氏はユーモアを見いだし、それをあえてそのままアニメーションにすることにより原作の良さを最大限に引き出すことが狙いにあったのだ。

94: ポンポコ名無しさん 19:12:25 ID:HzS

ちなみに、原作に忠実な姿勢をとった理由として一部の間では「アンの心情が理解できなかったため、原作通りやるしかなかった」といった説明がよくされる。

「原作通りやるしかなかった」といった旨の発言は高畑氏本人は実際にしているが、「アンの心情が理解できなかった」と述懐したと見られる資料をワイは未だ確認していない。

この情報源となっているのは「世界名作劇場大全」という市販本であろう
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (24)

また、それを参考文献にしたであろう「思い出の世界名作劇場 オフィシャルガイド」においても同じ記載が見られる

いずれにせよ、第三者による記事に過ぎず、実際の高畑氏のインタビュー記事と比べてみても、違和感を感じざるを得ない

また、明らかにそれを参考文献にしたものと思われる「思い出の世界名作劇場 オフィシャルガイド」においても同じ記載が見られる。

いずれにせよ、第三者媒介の記事に過ぎず、実際の高畑氏のインタビュー記事と比べてみても、違和感を感じざるを得ない。

「世界名作劇場大全」については本スレでもちょくちょく触れるが、この本については一応の注意が必要だ。

95: ポンポコ名無しさん 19:13:43 ID:HzS
原作者が俯瞰的態度をとっていたように、高畑氏も本作において徹底的な「客観主義」を大きな柱とした《※》。

つまり、物語をアンやマリラといったどの登場人物の視点で見ても、ユーモアを得られるような構図を設計した訳めなる。

そこでは、客観化のための工夫が語り口やカット割り、カメラワークに至るまで凝らされ、視聴者に直感的に訴える作りとなっていた。

また、新しい主要人物が登場する際のシーンに装飾したフレームを入する演出や、羽佐間道夫氏による実況放送風の淡々としたナレーションまでもが客観化のために意図されたものである。

本作を観た人の中には、他の名劇作品とは異なる異様・不思議な空気感を得るものがいる。

その大きな要因となっているのが客観主義に基づく演出にあるのかもしれない。

《※ これに関して高畑氏は、原作者と同じ視点に立つために、「原作に忠実にならざるを得ない」と語っている。》

96: ポンポコ名無しさん 19:15:48 ID:HzS
原作主義と客観主義に尽力するにあたり、高畑氏はアンを「ありのままの少女」として描いた。

原作の読者は少なからずアンというキャラを美化し、理想化したキャラクター像を頭に思い描いている。

しかし、高畑氏はそうした読者のイメージには迎合せず、「ありのままの少女」が描かれている原作に忠実な態度をとった。

原作がそうであったように、本作ではアンというキャラについて世代によって受け取り方に違いが出てくるように客観化が図られたのだ。

アンの容姿についても、一見して可愛いとは言いがたい難しい特徴を持った原作のアンが忠実に描かれている。

その技量は並大抵のものではなく、従来の名劇作品と異なり、本作の主人公は成長とともに容姿に変化をつける必要もあった。

ただでさえ難しい顔つきなのに、そこから美人になる可能性を秘めた容姿へと徐々に変化させていく技術が求められたのだ。

見事にその大役を果たしたのが、後のスタジオジブリの中心的スタッフの一人となる近藤喜文氏である。

それに伴い、近藤氏は全話の作画監督も一任されていた。途中、命に関わるドクターストップがかけられるも、本人の強い意思でそれを全てやり遂げたのだ。

97: ポンポコ名無しさん 19:18:00 ID:HzS
高畑氏は基本的に原作に忠実であり続けた。

しかし、アニメーションならではの表現が求められたアンの声については高畑氏の意向が優先された。

原作ではアンの声は「美しい」と表現されていた。

しかし、高畑氏は原作の魅力であるユーモアが生み出すことができる、ありのままの少女らしい「あどけなさ」のある声を求めた。

その結果、アン役に起用されたのが山田栄子氏である。

アン役の最終選考では山田氏よりも声質が良く、発声技術も確かだった島本須美氏も残っていた。

そこではスタッフのほとんどが島本氏を推していたのだが《>>>1》、高畑氏はあえて声優の経験がなく、声に不器用さのある山田氏を起用したのだ。

キャラと共に成長していく声優としても選ばれた山田氏はその後、録音監督の浦上靖夫氏のもと、一年間に渡る手厚い指導を受けることになった《>>>2》。

《>>>1 宮崎駿氏もその一人。
この時、宮崎氏は島本氏の美声に感銘を受けており、同年制作の自身の監督作『ルパン三世 カリオストロの城』において島本氏をクラリス役のオーディションに指名したという。》

《>>>2 その甲斐あって、山田氏は80年代から精力的に声優として活動の幅を広げていく。
また、名劇シリーズにおいてでは声優として最も多くの作品に出演することになった。》

98: ポンポコ名無しさん 19:19:35 ID:HzS
客観主義に基づく人間ドラマと並び、本作では美術面での評価も高い。

美術の要となる美術監督には井岡雅宏氏が起用された。

高畑氏とは『太陽の王子ホルスの大冒険』と『ハイジ』の制作を共にした間柄だ。

井岡氏は原作「赤毛のアン」への思い入れが強く、『ハイジ』の経験を活かして自信を持って本作の制作にあたった。

そこで井岡氏は原作の持つ乙女らしい風合いを絵に表現することを試みた。そう、年頃の少女が身を飾りたてるように、装飾性が重視されたのだ。

その装飾性は筆跡を感じさせる粗いタッチと陰影を色彩で描くことによって表現された《※》。

そうすることにより生み出されたのが、モノの立体感が強調されていない、絵画のような装飾性の高い空間である。

特にそれは自然描写において顕著であり、装飾性がありながらも、全体的にはリアリティを損なわない自然の美しさを描いているのだ。

こうした井岡氏の細やかな「色」使いを支えたのが、本作の色指定として起用された保田道世氏である。

保田氏は井岡氏と本格的に組んだのは初めてだったものの、井岡氏から学んだものは多く、「井岡さんは私の先生」だと言う。

後に移籍したスタジオジブリにおいても、色彩設計としてその経験が活かされることになった。

《※ 実はこの点、『母をたずねて三千里』の美術監督であった椋尾篁氏とは好対照をなしている。
椋尾氏は陰影をコントラストで見せる描き方をしていたのだ。
そのため、同じ高畑リアリズムの作品でありながら、『三千里』と『アン』は画風上の雰囲気が面白い程に個性的である。》

99: ポンポコ名無しさん 19:26:28 ID:HzS
屋内描写においては、井岡氏は「壁紙」を描いたことで装飾性を生み出した。

会話劇が中心となる本作では屋内描写が多いため、レイアウトにある一貫性を持たせている。

それはカメラワークに対して常に「正面」となる面を設定していることだ。

それにより空間性を抑えた分、平面性を前面に押し出しているのだ。

その「正面」に常に映し出されるのが「壁紙」という面なのだ。

作中ではそうした井岡氏が手掛けた「壁紙」を頻繁に映しだすことにより、淡々とした会話劇の中にも絵的な装飾美を表現しているわけである。

こうした丹念な美術設定によって、原作の作品世界が忠実にアニメーションとして表現されたのだ。

それにあたり、綿密な現地ロケハンの成果があったことも忘れてはならないだろう。

ロケハンでは景観や住民の暮らしの様子はもちろん、セスナ機を使った空撮や家具や調度品に至るまでの子細な取材が行われた。

井岡氏本人こそ参加はできなかったが、その成果は作中の随所に活かされている。

100: ポンポコ名無しさん 19:27:42 ID:HzS
完璧主義であった監督・高畑氏のもと、当代一流のスタッフが集まってこだわり抜かれた本作。

その完成度の高さから、ファンの間では名劇シリーズ最高傑作との呼び声も大きい。

しかし、その裏ではスタッフ達の並々ならぬ苦労の積み重ねがあった。

その制作現場の苛酷さはファンの間ではもはや有名な語り草である。

映像が未完成のまま声や効果音を録音したり、フィルムが放映日の前日に納品されたりするなど、常にトラブルが絶えなかった。

作中では動画の乱れが度々見られるが、それもまた当時の制作状況の過酷さを物語っている。

また、高畑氏の盟友であるレイアウト担当の宮崎駿氏が途中降板《※》したことも痛手となった。

しかし、担当を引き継いだ桜井美知代氏によってその大役は見事果たされた。

《※ 『ルパン三世 カリオストロの城』の制作に移ったため。当初『カリオストロ』は大塚康生氏が監督として打診されていたが、大塚氏は脚本が陳腐であることを理由にそれを渋っていた。そこに宮崎氏が自ら演出を申し出たのだ。》

101: ポンポコ名無しさん 19:29:28 ID:HzS
強いこだわりと多くはない制作予算ゆえにスケジュールが大変厳しいものとなっていった本作。

余裕があった前半では新しい表現への挑戦としてアンの空想を視覚化するといった試みを精力的に行っていた。

それが後半になると、作品として成り立つ程度の最低限の仕事をしていたと高畑氏は語っている。

しかし、それは本作が名劇シリーズにおいて高畑氏が限界になるまでこだわった作品であるとも言い換えることができよう。

これは、リアリズム志向の強い高畑氏が本作をもって「西洋の作品」を演出することに限界を感じたことからも分かるものだ《※》。

厳しい状況となった後半だが、それでも基本の制作方針は貫徹としてた。

また、前半以上に高畑氏自らが脚本に集中的に携わるようになったため、依然としてクオリティは高く保たれたと言えよう。

《※ そのため、本作以降は「日本の作品」に着手している。》

102: ポンポコ名無しさん 19:31:49 ID:HzS
しかし、完成度の高さゆえに本作で最も賛否が分かれている点もはっきりしている。

それはアンというキャラクターそのものである。

一見すると可愛い気のない、つまり容姿・性格ともに理想化されていない彼女を受け入れるか否かで、本作への評価が大きく割れるのだ。

本作のアンに関する描写も前述の通り原作に忠実であるがゆえ、このことは原作への評価にも繋がっている。

実際、原作を読んだスタッフの中にはアンを「嫌な女の子」と評するものがいたという。

ちなみに、「世界名作劇場大全」によると宮崎氏は制作を降りる際、「アンは嫌いだ。後はよろしく。」と書かれた書き置きを残していたという。

これが事実であるとしたら、これはキャラクターとしてのアンというより、『赤毛のアン』の作品に対して発言したものだと考えられよう。

実際高畑氏がそうした旨の述壊をしているためだからだ。

高畑監督のもと、『ハイジ』以上にリアリズム志向を強めた『アン』という作品は、「躍動」を好む宮崎氏とは志向が合致しなかったのである。

両氏の志向の違いは制作前から既に大きく乖離しており、宮崎氏は『アン』に大して難色を示していたのだ。

しかし、高畑氏はそんな宮崎氏には理解を示していたので、その点は誤解のないように。

103: ポンポコ名無しさん 19:34:43 ID:HzS
■世界名作劇場大全について

「20世紀テレビ読本 世界名作劇場大全」
(1999/同文書院)

著者は松本正司氏。

日本アニメーション公認の名劇ファンクラブである赤毛同盟の主催であった人でもある。

ちばかおり著の「世界名作劇場シリーズ メモリアルブック」が出版されるまでの間、(ネット上で見受けられる)名劇ファンの間ではこれを主なソースとして使っていたようだ。

そのため、Wikipediaの名劇関連の記事でも同書をソースにしたと思われる記述が多く見られる。

しかし、その情報は正直かなり疑わしいものがある。

なぜなら、同書以外の書籍等では記述されることのない情報といったものが多すぎるからだ《※》。

その中には、赤毛同盟の会誌ですら確認が取れないものもある。
(もっとも自分は会誌を全て所持しているというわけではないのだが)

また、著者の態度にはやや主観的なところがあり、作品によってはそのファンの心情を害するかもしれない記述が見られるのだ。

特に赤毛同盟でも芳しい評価を受けているとは言えなかった『七つの海のティコ』の解説において、それが顕著である。

《※ 無論、同書を参考文献として扱っている書籍は除く。》

104: ポンポコ名無しさん 19:37:25 ID:HzS

【トム・ソーヤーの冒険】
ミシシッピー川沿いの村セントピーターズバーグ。 愉快な事件を起こしながら、いたずら好きの少年トムと親友ハックの冒険の日々を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (25)

放送期間:1980年 1月6日~12月28日 全49話
冠枠:世界名作劇場
提供:花王石鹸
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (26)

監督:斎藤博
プロデューサー:松土隆二
脚本:宮崎晃(メイン)、清瀬武(=斎藤博)、加藤盟、太田省吾、磯貝忠彦、富田義明、神山征二郎
絵コンテ:竹田のびる(斎藤博)、腰繁男、馬場健一、鈴木孝義、横田和善
キャラデザ:関修一
作画監督:古佐小吉重(メイン)、後上義隆、高野登、桜井美知代、杉野昭夫
音楽: 服部克久
企画:佐藤昭司

原作者:マーク・トウェイン(アメリカ/1835-1910)
原作:「トム・ソーヤーの冒険」[The Adventures of Tom Sawyer](1876)
舞台:1840年代 アメリカ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (27)

105: ポンポコ名無しさん 19:39:23 ID:HzS
前作『赤毛のアン』とは打って変わり、マーク・トウェインの著した少年小説の傑作「トム・ソーヤーの冒険」を原作とする本作《※》。

監督には『ペリーヌ物語』を手掛けた斎藤博氏が起用された。

同じく同作の脚本を手掛けた宮崎晃氏も本作に参加し、斎藤氏と宮崎氏のタッグが再び組まれることになった。

名劇シリーズにおいて宮崎氏は既に頭角を現していたが、斎藤氏の方は制作状況の厳しかった『ペリーヌ』の頃にはまだ持ち味を出しきれてなかった。

斎藤氏の持ち味は整った環境で制作が進められた本作において存分に発揮されることになったのだ。

そして、両氏のタッグがよりいっそう密になって本格化したのも本作からである。

《※ 傑作との位置付けは変わりないが、文学上の評価としては続編の「ハックルベリー・フィンの冒険」 の方が高い。》

106: ポンポコ名無しさん 19:40:33 ID:HzS
『ペリーヌ』では斎藤氏が制作に参加したときには既に宮崎氏の脚本が用意されていたという。

しかし、本作では最初から斎藤氏の方が宮崎氏にアプローチをかけていたのだ。

そこで宮崎氏に全話の脚本を任せるつもりでいた。

しかし、当の宮崎氏は結核により長期入院することになったため、それは叶えることはできなかった。

宮崎氏は退院後、別件の仕事を終えた後に本作第9話からの途中参加とになったのだ。

それまでの間は代理の脚本が用意されていたのだが、それに斎藤氏は不満を持っていた。

そして、しびれを切らした斎藤氏は宮崎氏を急かし立て、予定よりも早い時期に復帰を果たさせたという経緯がある。

それほどまでに、斎藤氏は宮崎氏のことを強く信頼していたのだ。

107: ポンポコ名無しさん 19:41:59 ID:HzS
さて、ここで気になるのは斎藤氏の持ち味とは何かということであろう。

それは「軽妙さ」、つまり物語や脚本とは全く関係のないアドリブを効かせたカットを多用することにあった。

それによってキャラクターの動作に気の抜けた印象を与えつつ、実際の素の人間が行うような「台本のない動作」をあえてさせることにより、リアリズムのある演出を取り入れているのだ。

同じリアリズムでも、従来の高畑勲氏によるロジックで固められたものとは対照的に、斎藤氏はそれを機転と直感によって表現しているのだ。

実はこういった演出は『ペリーヌ』でも既に見られてはいたが、本作によってそれは大きく開花することになった。

その理由には、前述のとおり制作状況に余裕ができていたというのがある。

しかし、それ以上に原作の持つ力も大きかったものと思われる。

それゆえに、原作内容を脚本に書き起こす宮崎氏は斎藤演出を語る上で忘れてはならない存在なのである。

108: ポンポコ名無しさん 19:44:05 ID:HzS
本作では原作に倣い、「子供らしさ」を前面に押し出した娯楽性の高い作風となっている。

宮崎氏の脚本は葛藤やもどかしさを丹念に描いた人間ドラマに定評を持っているが、本作においてはユーモアという面でその魅力を大いに見せてくれた。

宮崎氏は原作の良さを認めた上で、マーク・トウェインの他の作品からもエピソードを拝借しつつ、より視聴者に親しみやすくソフトに仕上げたのだ。

その中で、子供の純粋さというものを、その単純な言動のみならず、滑稽で俗っぽい大人たちと比較させることで描ききっている。

こうした大人たちの多様な面は本作の宮崎脚本における大きな特徴である。

特に、村のならず者として登場するインジャン・ジョーの描写には一目置くところがある。

原作では差別的に描かれ、悲惨な最期を遂げたインジャン。

本作でも2度の殺人を犯した名劇シリーズでも指折りの悪漢ではあるのだが、トムとのやり取りの中で完全な悪ではないという一面も描かれている。

そうすることにより、偏見深くインジャンを恐れている大人たちと比較して、その実像のずれを目の当たりにしたトムの純粋さを表現しているのだ。

109: ポンポコ名無しさん 19:46:42 ID:HzS
斎藤氏と同じく、『ペリーヌ』に引き続きキャラデザとして起用された関修一氏も本作で頭角を現している。

『ペリーヌ』では気を張り詰めながら取り組んでいたという関氏。

余裕が見られた本作では自分らしさを出せたと語っており、自身の代表作として挙げている程の思い入れを持っている。

ノーマン・ロックウェル《>>>1》から影響を受けて描かれた関氏のキャラは、東映色の濃かった従来の名劇作品とは違った独自の持ち味を醸し出した。

関氏のデザインは抑揚の大きい表情《>>>2》とキャラクターごとに難しい曲線を持っていることに特徴があり、作品によって作風に変化もつけている。

そのため、作画監督によって癖の違いが大きく出てしまいやすいのだが、本作ではそのクオリティを古佐小吉重氏を中心とした優秀な作画陣によって支えられた。

特に本作はカートゥーンのようにデフォルメされた動きが多いため、その優秀さは尚更である。

《>>>1 アメリカの画家。アメリカン・ライフをテーマにした絵を描き続けてきたことで評価が高い。
アメリカ最古の雑誌とされる「サタデー・イブニング・ポスト」の表紙絵を長年に渡って手掛けてきた。また、「トム・ソーヤーの冒険」の原書原作の挿絵も手掛けている。》
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (1)

《>>>2 口を大きく使って感情表現を起こしてるため。》

110: ポンポコ名無しさん 19:49:08 ID:HzS

結果論的な愚見となるが、『トム』という作品は斎藤氏の軽妙さ、宮崎氏のユーモア、関氏の躍動感を生むデザインという3本の柱があったからこそ、原作の作風に合致し、見事にそれをアニメ化できたようにさえ思えてしまう。

その後、三氏は80年代前半期の名劇作品にメインスタッフとしてそれぞれ携わることになり、名劇シリーズ制作陣は最初の世代交代を迎えたと言えよう。

それに伴い、作風や人物描写においても、従来の作品とは違った印象を与えることになった。

こうした名劇シリーズの作風の変化については、前世代の中心にいた高畑氏からも指摘を受けている。

111: ポンポコ名無しさん 19:50:20 ID:HzS
世代交代と同時に、奇しくも本作はスポンサー面においても転機を迎えている。

名劇シリーズではその前身となる枠「カルピスまんが劇場」の頃よりカルピス食品工業を一社提供スポンサーとして作品を制作していた。

しかし、カルピスの業績不振により二社提供制となった前作『アン』を最後に降板し、その時の共同スポンサーであった花王石鹸が本作の一社提供スポンサーとなったのだ。

その後、ハウス食品工業による一社提供制が始まるまで、他社が参入しつつも花王石鹸がメインのスポンサーであり続けた。

ちなみに、制作サイドには直接関係のないことだが、本作では主題歌レーベルにおいても変化があった。

『ハイジ』以来、名劇シリーズでは日本コロムビアが主題歌レーベルであり続けたが、本作からはフジサンケイグループのキャニオンレコード(後のポニーキャニオン)に変わっている。

112: ポンポコ名無しさん 19:55:01 ID:HzS
【家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ】
オーストラリアへの航海中に嵐で遭難したロビンソン一家。見知らぬ島へ漂着した一家のサバイバル生活が始まる。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (28)

放送期間:1981年1月4日~12月27日 全50話
冠枠:世界名作劇場
提供:花王石鹸
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (29)

監督:黒田昌郎
プロデューサー:松土隆二
脚本:松田昭三
絵コンテ:黒田昌郎、奥田誠治、馬場健一、横田和善、腰繁男、桜井美知代、鈴木孝義、山中茂、黒川文男、横田和善、古沢日出夫、斎藤博、杉山卓、楠葉宏三、岡部英二
キャラデザ:関修一
作画監督: 岡豊、前田英美、村田耕一、桜井美知代、森友典子
音楽: 坂田晃一
企画:佐藤昭司

原作者:ヨハン・ダビッド・ウィース(スイス/1742-1818)
原作:「スイスのロビンソン」[Der Schweizerische Robinson](1813)
舞台:推定1880年代 無人島
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (30)

113: ポンポコ名無しさん 19:55:58 ID:HzS
原作の基となったのはヨハン・ダビッド・ウィースが子供たちに話し聞かせていた寝物語。

ダビッドがロシア人船長から聞いた実話を下敷きにした物語であり、彼の息子ヨハン・ルドルフ・ウィースが父名義で「スイスのロビンソン」として編纂したものが直接の原作となっている。

初出版されたのは1813年で、名劇シリーズの原作としては最も古い作品である。

その当時は自然科学も発展途上の段階であったため、作中には動植物についての科学的誤りが散見された。

(元が寝物語なので致し方ないところもある)

本作ではその誤りが正されており、それに伴い、ご都合主義がかなり目立った原作から「ある程度」の制約が与えられることになった。

日本では知名度がいまいちだが、欧米圏では有名な作品である。

二次創作の続編が作られたり、アメリカを主として何度も映像化を果たしているのだ。

そうした背景があったからなのか、本作は名劇シリーズとしては数少ない、ラテン系以外の欧米諸国《※》からも幅広く受け入られた作品の一つである。

《※ 特にディズニーの牙城となる北米市場は、『ポケットモンスター』登場以後のブームが起こるまでは日本アニメ不興の地とされた。》

114: ポンポコ名無しさん 19:57:41 ID:HzS
監督には黒田昌郎氏を起用。

『フランダースの犬』の監督として有名な黒田氏だが、実は手掛けてきた作品は娯楽性が高いものがほとんどである。

特に「冒険」を盛り込んだ内容のものが多く、本作もまたその一つであった。

無人島が舞台ということで従来の名劇作品のどれよりも冒険色が強く、サバイバルものという一面を兼ね備えた本作。

一見すると名作ものとしては異色の路線にも思えてしまう。

しかし、「家族」というテーマを前面に押し出しており、(舞台こそ異色すぎるが)生活描写に根ざしているという点では従来の路線をベースにしている。

115: ポンポコ名無しさん 19:59:16 ID:HzS
主役となるロビンソン一家は常に危険に晒されているにも関わらず、作風は至って明るい。

何をするにも基本的に家族単位の行動であるため、サバイバルの中にアットホームな雰囲気が共存するという不思議な魅力を持っている作品である。

それだけに、衣食住の問題が容易に解決するなど、原作程ではないがご都合主義なところはある。

それに最も寄与しているのが、主人公フローネの父親であるエルンストの存在である。

一家の大黒柱たる彼の存在は影の主人公と言ってもよく、オールマティな能力の持ち主である。

本職は医者でありながら、作中では大工仕事もこなし、必需品も次々と作りこなしている。もちろん、本職の知識も活かしてはいるが、そのサバイバル能力の高さは彼無くして物語が進行しない程のものである。

しかし、本作が「家族もの」という面を持つ以上、ご都合主義があるのは致し方ない。

その分、楽天的な南国風情を押し出し、安心して見れる娯楽性の高さが売りの作品でもあるのだ。

それを証明するかのごとく、本放送時には視聴者から大きい好評を得ていた。

平均視聴率においても『ペリーヌ物語』の頃から緩やかに下降していった数字を、『アルプスの少女ハイジ』に次ぐ好調子となるまでに持ち直しているのだ。

116: ポンポコ名無しさん 20:00:53 ID:HzS
キャラデザには前作『トム・ソーヤーの冒険』に引き続き関修一氏を起用。

本作の明るい作風を支えるフローネは少女版トム・ソーヤーともいうべき存在で、「人間らしい可愛らしさ」を持ったキャラクターとして描かれた。

しかし、作中でも「ブス」と発言されてしまったように、美しさを意図した訳ではないその造形に、一部の視聴者からは物言いがついた。

それはスポンサーも同様であり、プロデューサーの松土隆二氏が「動けば可愛くなる」と訴えて説得させたという。

また、関氏もキャラデザのためにロケハンに参加しただけあって、泣いてでも押し通そうと考えていたと語っている。

117: ポンポコ名無しさん 20:04:10 ID:HzS
「ふしぎな顔のフローネ」とも揶揄されることのあるデザインであったが、そこには作画の問題もあった。

日本アニメーションでは前作『トム』の制作後にある問題《>>1》を起こしたため、スタッフが相次いで流失する事態が起きてしまっている。

それにより、本作では作画陣が人員不足に陥ってしまったのだ。

また、黒田氏との意見の相違から、メインの作画監督である桜井美知代氏も第11話を最後に降板することに。

そのため、本作中盤では作画監督が不在の回が多発することになり、作画が不安定になっている。

元より癖の強い関氏のデザインだけあって、特にフローネの容姿にそれが顕著に見られる結果となったのだ。

《※給与未払いが原因らしく、多くのスタッフがビジュアル80などの新興のアニメ制作会社へと移籍した。

ちなみに、ビジュアル80は同時期にNHK総合で放映される名作ものアニメ『名犬ジョリィ』の制作に協力していた。
そのため、その手の作品に慣れていた日本アニメーションの元スタッフがそれを手掛けるという皮肉な状況になってしまったのだ。

その後もビジュアル80は名作ものアニメの制作にいくつか携わっており、名劇シリーズにも携わったことのあるスタッフの名前がクレジット欄にちらほらと見られてくる。》

118: ポンポコ名無しさん 20:05:22 ID:HzS
本作は南の海の無人島というざっくりしたところが舞台となっている。《>>>1

しかし、上記でも触れたように、本作でも海外ロケハンはしっかりと行われていた。

訪れた先はフランス領ニューカレドニアとニューヘブリディーズ諸島(現在のバヌアツ)だ。

無人島のモデルには主にニューカレドニアのイル・デ・パン(パン島)が使われており、そこは実際に“ふしぎな島”の雰囲気が漂った島であった。

火山島としての特徴にはニューヘブリディーズ諸島から来ていると思われ、作中にも登場した堡礁(火山島に成因しやすい珊瑚礁)が見られることからもそれが分かる。

ロケハンには関氏も参加しており、キャラクターデザイナーのロケ同行は『赤毛のアン』に続く2例目《>>>2》となった。

キャラデザにあたり、現地の人に会わないと雰囲気は掴めないとのことで同行したそうでひたすら人間観察をしていたという。

原作の無人島の描写が生態的にあり得ないということも理由にあったが、このロケハンからは娯楽色が強い作風だからといって、手は抜かないところに制作陣の本作に対しての姿勢を伺い知るものとなった。

《>>>1 一応、作中には「無人島」のある場所が具体的に判明するシーンがある。
それによると、東経155度、南緯10度、120マイル四方に陸地はないところに無人島が位置しているという。
no title


《>>>2 他例は『ポルフィの長い旅』と『こんにちはアン』のみ。》

119: ポンポコ名無しさん 20:06:44 ID:HzS
舞台描写にあたり、本作は他の作品に比べてどうしても分かりにくいものがある。

それがは"時代背景”である。

文明社会から切り離されたとこが舞台となっているのだから、それは仕方がない。

ネット上や書籍にて散見される本作で仮定される年代には大きく分けて2通りある。

それは19世紀前半期とするか、19世紀後半期とするかのいずれかだ。

その論拠となっているのが、前者が原作の出版年度、後者が作中の描写からだと思われる。

個人的には作中の描写《※1》からでもそうなのだが、次の2点から後者を推すものとする。

一つ、『フランダースの犬』の時がそうであったように、黒田氏が時代設定におよそ100年前を目安とする考え方があること。

二つ、物語末尾の舞台となるメルボルンの美術設定が19世紀後半を想定して描かれていることだ《※2》。

それに、何よりも原作出版年度を基準にしてしまったら、メルボルンのある地域は未開拓の流刑地となってしまうからだ《※3》。

《※1 ちばかおり著の「世界名作劇場シリーズ メモリアルブック アメリカ&ワールド編」に詳しい。》

《※2 メルボルン港が1850~60年代、鉄道周辺の丘陵地が1880年頃、メルボルン駅が1885年頃という想定。》

《※3 次作『南の虹のルーシー』の舞台となる1830年代アデレードは最初から自由植民地として開拓されたところなのでご安心を。》

120: ポンポコ名無しさん 20:07:29 ID:HzS
おまけ

【黒田昌郎 アニメ監督作品】

ネットや書籍上ではどこも具体的に掲載されていないようなので、ここに列挙する。

62年『アラビアンナイト シンドバッドの冒険』/劇場/東映動画
《※藪下泰司氏と共同》
65年『ガリバーの宇宙旅行』/劇場/東映動画
75年『フランダースの犬』/TV/日本アニメーション
77年『シートン動物記 くまの子ジャッキー』/TV/日本アニメーション
79年『シートン動物記 りすのバナー』/TV/日本アニメーション
80年『のどか森の動物大作戦』/TVSP/日本アニメーション
81年『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』/TV/日本アニメーション
86年『サンゴ礁伝説 青い海のエルフィ』/TVSP/日本アニメーション
87年『瞳の中の少年 十五少年漂流記』/TVSP/日本アニメーション
89年『ピーターパンの冒険』/TV/日本アニメーション
90-91年『ピグマリオ』/TV/日本アニメーション
《※中盤以降の監督を担当》
91年 『ジャングルウォーズ』/OVA/日本アニメーション
97年『THE DOG OF FLANDERS』/劇場/日本アニメーション

121: ポンポコ名無しさん 20:22:24 ID:HzS

【南の虹のルーシー】
希望の土地を目指し、イギリスから開拓期の南オーストラリアに移住したポップル一家。時にユーモラスを交え、さまざまな困難に直面する姿を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (31)

放送期間: 1982年1月10日~12月26日 全50話
冠枠:世界名作劇場
提供:花王石鹸
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (32)

監督:斎藤博
プロデューサー:松土隆二
脚本:宮崎晃
絵コンテ:清瀬二郎(斎藤博)、楠葉宏三、鈴木孝義、腰繁男
キャラデザ:関修一
作画監督:前田英美、村田耕一、森友典子、高野登
音楽: 坂田晃一

原作者:フィリス・ピディングドン(オーストラリア/1910-2001)
原作:「南の虹」[Southern Rainbow](1982)
舞台:1837~1841年 オーストラリア
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (33)

122: ポンポコ名無しさん 20:23:14 ID:HzS

企画当初、オーストラリアの家庭雑誌で連載中であったフィリス・ピディングドンの「南の虹」を原作とする本作。

原作自体はアニメ放映開始前に連載を終えており、それを単行本化した原書も既に本国で出版されている。

しかし、その邦訳版は出ていなかったため、邦訳作業を伴いながら制作が始まった。

当然だが、原作の知名度は皆無に等しい。

他にもマイナーとされる名劇シリーズの原作はあるが、それらは現地の国では有名だったり、 実写映画が制作されたりもしていた。

しかし、本作の原作は本当に何もかもが未知の状態だったのだ。

企画担当の佐藤昭司氏によると、この頃の名劇シリーズでは知られていない名作に挑戦しようとする意気込みあったとのことだ。

124: ポンポコ名無しさん 20:27:41 ID:HzS
ちなみに、未完結の原作が企画に採用された理由として、「原作の枯渇」がその背景にあったと語られることがよくある。

原作者やその遺族からアニメ化の許可が下りなかったり、他社に主だった児童文学の原作を押さえられてしまったことが、その枯渇の理由にあるとのこと。

しかし、名劇シリーズにおける企画採用の経緯や以降のシリーズのことを考慮すると、それについて疑問が大いに残る。

一応、“その当時の”名劇作品に求められていたものに適した原作が枯渇していたと考えれば、整合性を取れなくはない。

Wikipediaにも記載されてる情報だが、そのソースとなってるのは例によって「世界名作劇場大全」である。

少なくともワイの把握する範囲では、その書籍以外では同人誌「名作劇場ファンクラブ VOL.16」の同執筆者による記事のみでしか確認が取れていない。

125: ポンポコ名無しさん 20:29:05 ID:HzS
また、 Wikipediaを介した情報に関して、もう1つ。

本作では、「放送前に原作が終了していなかった」という誤解もかなり広まっているようだ。

“邦訳版”は確かにアニメ放送に合わせてサンケイリビングブックにて連載はしていた。

しかし、“原作”が連載中であったのはあくまで企画当初の時点での話である《※》。

佐藤氏がこの原作を初めて入手したのは、ボローニャの児童書見本市であったが、確かにその時点では未完結であった。

しかし、本作放映前にはそれは既に完結していた。

単行本化された原書も、1982年1月1日にメルボルンのオックスフォード大学出版局から出版されていたのだ。

《※ 関連書籍の中には、記述をよく読みさえすれば、そのことが示されてるものもある。》

126: ポンポコ名無しさん 20:30:10 ID:HzS
監督には斎藤博氏が起用された。

当初、斎藤氏は制作にあたって、日本でも人気を博していた世界的ヒットドラマ『大草原の小さな家』を意識した作品を目指していた。

しかし、原作の邦訳が進むにつれ、物語の展開が意図していたものとは違うことが分かってきたのだ。

そのため、大変な苦労をされたそうだ。

それは脚本として起用された宮崎晃氏も同様であった。

原作をディティールのなさから「非常につまらない」と評しており、開拓期のオーストラリアに関する資料も不足していたのだ。

物語構想の着想を得るため、宮崎氏は本作の舞台となるアデレードへのロケハンにも参加していた。

しかし、計画的に整備された美しい街並みを前にして、開拓時代の情緒は得られなかったようで、なおさらに苦労したという。

127: ポンポコ名無しさん 20:35:03 ID:HzS
『大草原』ではたくましく生きる開拓農家の生活模様が描かれており、「南の虹」も開拓農家であるポップル一家を主役としている。

だが、「南の虹」では開拓以前の段階である「土地」を手に入れることを物語の目的としていたのだ。

そのため、本作では開拓者の苦悩を描くはずだった制作当初のコンセプトから次第にそれていき、独自路線を歩むことに。

土地が手に入るという結末は原作と同じだが、そこへ至る過程は全く異なるものとなったのだ。

本作では結末へ繋げるために、その布石として主人公ルーシーが記憶喪失になるというオリジナルのエピソードが作られている。

しかし、それが突発的なくだりであるという印象が否めなく、これに関してはファンからも賛否両論割れる。

『南の虹のルーシー』というのは、ある意味では制作スタッフの方が「開拓」を行っていたと言える作品なのだ。

128: ポンポコ名無しさん 20:36:18 ID:HzS
本作は前作『ふしぎな島のフローネ』とよく比較され、また混同される。

ファンの中には『南の島のフローネ』やら『南の島のルーシー』といった誤字を見かけたことがある人もいるだろう。

放送時期や舞台からして、それは致し方がない。

それに両作には物語面においても2つの共通点がある。

まず、物語面においてオーストラリアとの関わりを持ち、新天地を求めて苦難に見舞われるという点だ。

そして、共に影の主人公である「父親」の存在を中心にして、「家族」というテーマを前面に押し出している点が共通している。

しかし、同じテーマながらその描き方は対称的である。

『フローネ』では常に同じ目的、同じ行動を持った理想的な家族像が描かれていた。

それに対し、本作の家族像はどこか現実的である。

家族として、土地を手に入れるという一つの目的というのは持っている。

しかし、家族のそれぞれが違う考えや行動を持っているため、そこへ至るまでに家族の各々が父親との間に距離を作ってしまうのだ。

129: ポンポコ名無しさん 20:37:36 ID:HzS
その父親というのも全く対称的な描写がされた。

『フローネ』の柔軟でオールマイティな父親に対し、本作では頑固で一本気質な父親として描かれている。

その性格ゆえに、作中、土地がいつまで経っても手に入らないことに失意して酒に溺れてしまう姿は印象的だ。

作風もやはり対称的で、本作ではほのぼのとした描写はありつつも、物語が進むにつれて陰気なムードが漂ってくる。

また、物語自体も大変地味な部類に入り、本作を観た人の中には泥臭さを抱いたものもいるだろう。

130: ポンポコ名無しさん 20:43:48 ID:HzS
地味な物語であるが、自分は本作をおすすめの作品の1つに挙げる。

ポップル一家はいつまでたっても土地が手に入らず、続けざまに苦境に見舞われる。

主人公自身は大きな不幸に転じることはない。

しかし、一家の置かれた環境には常に暗雲が覆っているという見せ方は本作の演出の大きな特徴だ。

そして、最後には万事解決のハッピーエンドではなく、希望の光が差し込んだ段階で終止符を打っている。

中盤の節目と最終回に映し出される「虹」の描写は一家の求めるべき希望の象徴である。

中盤、一家は土地が手に入る一歩手前のところまできて、失望に叩き落とされるのだが、希望を失わないためにこの「虹」の描写がある。

そして、最終回。

雨降って地固まったとでも言おうか、苦難の道を乗り越えた先に見えてきた「虹」に、一家は大きな希望を抱くことになるのだ。

そのシーンには名劇ファンの間でも名曲として名高い本作OP曲「虹になりたい」が入されており、大変感慨深いものとなっている。

タイトルにある「南の虹」は原作の原題をそのまま翻訳したものであるが、原作には虹に関する描写が全くない。

このキーワードは原作よりも本作の方にこそふさわしいものだと思えてしまう。

132: ポンポコ名無しさん 20:49:37 ID:HzS
また、本作には特筆すべき素晴らしい魅力もある。

それは「ユーモア」である。

宮崎氏が脚本として携わった名劇作品の中でも、特に本作はユーモアが顕著に見られる。

そのため、陰気な作風ながらも一辺倒な暗さを感じさせないのだ。

その中でも特に、常にマイペースなルーシーと口が達者なケイトら姉妹による漫才芸のようなやり取りは見所である。

この姉妹は基本的に常に一緒にいるのだが、個別に見ても個性が強調されており、それもまた魅力的である。

そこには軽妙な演出を得意とし、個性の分かりやすいキャラを意図して描いていたという斎藤氏の力も大きい。

本作においても斎藤氏と宮崎氏のタッグが才気を放っていたのだ。

また、本作のキャラデザである関修一氏も斎藤演出と宮崎氏のユーモアに華を咲かせた。

口を大きく描くことによって表情に抑揚をつけることに特徴を持つ関氏のデザインが、ひょうきんっぽさを更に際立たせているためだ。

ルーシーとケイト以外にも本作のユーモア要員ともいえるキャラとして、厄介者のペティウェルや医師のデイトンが登場する。

それら全てにベテラン声優が配されており《※》、各々が個性豊かな魅力ある演技となっているのだ。

特にルーシー演じる松島みのり氏は『鉄腕アトム』から声優デビューした古参中の古参である。

本作にあたり、松島氏は自然体で芝居することができた作品だと語っている。

《※ 一応、ルーシー役にはオーディションが設けられていたのだが、結果的にベテラン揃いとなったのだ。》

133: ポンポコ名無しさん 20:53:54 ID:HzS
キャラの濃さはあったものの、先述した作風も影響したのだろうか、本作では中盤から視聴率の低迷が目立っている《>>1》。

一応、その直接的な理由としては、NHK総合の人気クイズ番組『クイズ面白ゼミナール』が裏番組となってしまったことが考えられる。

1981年に放送開始された当初は木曜20時からの放送だったが、82年4月より日曜19時20分からの放送となったのだ。

その影響からか、事実本作は4月に入ってから平均視聴率が急落しているのだ。

そして、その尾を引くかのようにして、名劇シリーズでは以後『わたしのアンネット』(1983)・『牧場の少女カトリ』(1984)にかけて低迷期に入ってしまったのだ。

作風と視聴率の影響からか、本作はとにかく「影が薄い」、「地味」などという印象が否めない。

先述した通り、一応、本作放送中にはサンケイリビングブックという月刊誌で原作の邦訳が連載されたりもした《※》。

それでもやはり、知名度は芳しいとは言えないのだ。

ちなみに、本作では物語序盤やED曲の歌詞中にコアラが何度か登場している。

その当時、日本ではコアラという動物は知名度が大変低かったが、1984年にコアラブームを迎えて以後は一躍有名となる。

もし、その年に本作が企画されていれば、また違った結果となったのかもしれない。

《※ 厳密には本作用に書き下ろされた原作の邦訳を基にしたもの。
単行本化はされておらず、当時の連載誌を入手するのは極めて困難である。
単行本化されたものとしては、セシール文庫から一関春枝氏によって原作を直接邦訳したものが同じ年に出版されている。しかし、こちらも入手は現在困難である。
ワイは3年間粘って入手したが、内容の面白さはそれに見合うものとはおもえない。》

134: ポンポコ名無しさん 20:54:24 ID:HzS

【アルプス物語 わたしのアンネット】
ある不幸な事故をきっかけに仲違いをしたアンネットと幼馴染みのルシエン。お互いに罪を抱えながら、真の友情を取り戻していく過程を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (35)

放送期間: 1983年1月9日~12月25日 全48話
冠枠:世界名作劇場
提供:味の素、花王石鹸
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (36)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:松土隆二
脚本:吉田憲二
絵コンテ:楠葉宏三、黒川文男、横田和善、清瀬二郎(斎藤博)、斉藤次郎(斎藤博)、岡部英二、杉村博美
キャラデザ:竹松一生
作画監督:竹松一生、前田英美、佐藤好春
音楽: 広瀬量平
企画:佐藤昭司、久保田栄一(CX)

原作者:パトリシア・メアリー・セントジョン(イギリス/1919-1993)
原作:「雪のたから」[Treasures of Snow](1950)
舞台:1900~1907年 スイス
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (37)

135: ポンポコ名無しさん 20:55:51 ID:HzS

「罪と赦し」をテーマにした、子供向けのキリスト教小説を原作とする本作。

欧米の英語圏では有名な児童向けの宗教小説であり、イギリスでは映画化もされている。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (3)

原作の舞台となる村の名前は意図的に明かされていないが《※》、原作者パトリシアが幼少期にスイスのロシニエール村で暮らしていた経験が作品舞台の基となっている。

同様にその村が本作の舞台でもある。

アニメ「世界名作劇場」シリーズ (2)

《※ 物語の佳境となるルシエンの峠越えに関して、実際のロシニエール村を舞台にすると地理的な不都合が生じてしまう。
そのため、パトリシアは意図的に村の名前を出していないのだ。》

136: ポンポコ名無しさん 20:56:44 ID:HzS
監督には楠葉宏三氏が起用された。

名劇シリーズの監督として最も多くの作品を手掛けてきた楠葉氏だが、本作がその第一作目となった。

後に制作内から「泣かせの楠葉」として評価をされることになる楠葉氏だが、重いテーマを抱えた本作について楠葉氏は「大冒険をした」と語っている。

名劇シリーズでは作品の傾向上、原作にキリスト教の要素を持つものがどうしても多い。

アニメ化する際はそういった要素は控えめにするのだが、本作では勝手が違った。

「罪と赦し」というキリスト教そのものを体現したテーマが物語展開の軸を為しているため、宗教色の濃さがそのまま反映される形となったのだ。

楠葉氏は宗教色を抑えるために友情物語を前面に押し出たと語る。

しかし、そこには「罪」の存在を鮮烈に感じさせる生々しさがあった。

137: ポンポコ名無しさん 20:57:48 ID:HzS
序盤こそ仲の良さが強調されているが、ある事故を境にして、20話以上にも渡って仲違いすることになる。

その間、二人は怒りや憎しみをたぎらせ、悔恨の念に悶え苦しむのだが、その様は見るも生々しく、痛々しい。

『フランダースの犬』や『小公女セーラ』とは趣は異なるが、それらと並んで、いわゆる「鬱アニメ」として本作を挙げる名劇ファンは少なくないだろう。

特に、アンネットは主人公でありながら一種のアンチヒロインとしての様相を呈していることに注目したい。

憎しみに駆られてルシエンに何度も辛く当たり、彼の償いの機会を潰していく様子には視聴者の間で物議さえ醸すこともある。

いわゆる「良い子ちゃん」の多い名劇シリーズの主人公の中でも、等身大の子供として描かれているのだ。

138: ポンポコ名無しさん 21:00:08 ID:HzS
その言動は何かとインパクトが強く、名劇ファンの間でも本作は良くも悪くもそこばかり話題になる。

作中、ルシエンの作った木彫りをアンネットが幾度も破壊・投棄するシーンは特に印象的だろう。

更に、憎しみを募らせた形相をしたり、男子相手に殴る蹴る噛みつくといった行動、しまいには「人間のクズ」だと発言するという驚くべきシーンまでも見られる。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (38)

従来の名劇ヒロインらしからぬそのキャラ描写に、少なからずアンチもいる。
しかし、それが新鮮味を持っているとも言え、そこが本作の魅力の1つともいえよう。

それを踏まえてアンネットというキャラクターについて更に注目したいのは、その性格的な二面性である。

それについては、絵コンテの斎藤博氏《※》が寄与していた。

《※ 本作では「清瀬二郎」、「斉藤次郎」という名義を使っている。》

139: ポンポコ名無しさん 21:01:20 ID:HzS
斎藤氏の切る絵コンテには時折、軽妙なアドリブを効かせていることに特徴がある。

それはつまり、示し合わせたような演技がない、実際の人間が行うような「衝動的な行動」を起こさせることがあるのだ。

その特徴は、『トム・ソーヤーの冒険』でお調子者の少年であったトムの時がそうであったように、お転婆の少女であるアンネットに合致するものであった。

そして、そこに組み合わさったのが楠葉氏の演出であった。

やもすれば「臭い」とも捉えられそうな、湿っぽさに特徴がある楠葉演出は、アンネットのしおらしい少女的な面を強調するのには効果的であったからだ。

攻撃的な面ばかり語られがちではあるが、優しくしおらしい面を対比した上で彼女というキャラに注目すると、本作の丁寧なキャラ描写を伺い知れる。

140: ポンポコ名無しさん 21:03:49 ID:HzS
一方のルシエンは本作におけるもう一人の主人公と言ってもよく、楠葉氏は本作をルシエンの物語だと思って作っていたと語っている。

何故なら、本作の「不幸な事故」の発端を作った張本人であり、その償いのため、終始に渡って奮起することになるからだ。

苦悩し続けるルシエンを演じる山田栄子氏の熱演は迫真なもので、本作の持つ生々しく痛々しい部分を大きく支えている。

それだけに、苦悩にもがいてきたルシエンがアンネットとの友情を取り戻した回は本作屈指の名作回である。

そして、そのすぐ後の展開にも注目したい。
そこではルシエン最大の魅せ場があり、彼は大きな試練に立ち向かうことになる。

それはアンネットと仲違いするきっかけとなった大元の問題を解決するためであり、友情の証明でもあるのだ。

また、作中には「罪」を抱えたもう一人の人間としてペギンじいさんというキャラが登場する。

彼は物語中盤で自暴自棄になったルシエンに救いを差し伸べた重要なキャラであり、ルシエンの行動によって結果的に彼も「赦し」を得られるに至って救われることになるのだ。

物語終盤は冗長とも捉えられがちだが、自分はこの終盤あってこその本作であると訴えたい。

141: ポンポコ名無しさん 21:04:59 ID:HzS
本作の制作陣には名劇シリーズの世代交代を予期させるものがあった。

まず、挙げられるのは楠葉氏が監督に起用されたことだ。

楠葉氏は名劇シリーズ後半期を支えることになる監督であり、ドラマ性志向が強い演出を展開させていくことになる。

このことは、翌々年の作品『セーラ』以降の名劇シリーズ全体の演出路線の変化を象徴するものとなった。

それと並び、本作では今後の名劇シリーズの企画方針に関わる変化の兆しも見られた。

名劇シリーズでは『フランダースの犬』以来、作品の企画は日アニの佐藤昭司氏に一任されてきたのだが、本作からはCX側の人間も参入するようになったのだ。

80年代後半より名劇シリーズはCXの影響を大きく受けるようになるのだが、本作がその前触れであったことが伺える。

142: ポンポコ名無しさん 21:07:02 ID:HzS
美術監督には冒頭でも説明した井岡氏が起用されている。

井岡氏は『ハイジ』で雄大なアルプスを描いたことが評価されており、本人も本作に制作にあたって熱意を込めていたものと思われる。

しかし、ロケハンに行った先で病に倒れてしまい、急遽後任として氏の信頼する阿部泰三郎氏にバトンが渡されたのだ。

名劇シリーズ前半期における美術の担い手となった井岡氏と阿部氏だが、井岡氏は本作を最後に日本アニメーションを退社することに 《※》。

その後、 井岡氏は別のアニメ制作会社に移籍して間もなく、1985年に44歳の若さで亡くなられる。

一方、阿部氏も後作『カトリ』が名劇シリーズ最後の担当作となっており、美術面において一つの時代に終止符を打つものとなった。

《※ その後、 パンメディアに入社。1983年、『オズの魔法使い』の初作版に美術監督として起用される。
これが井岡氏の遺作となる作品だったが、その制作は中断された。
紆余曲折を経て1986年に新規に放映されることになったが、そこに井岡氏の名前はクレジットされることはなかった。》

143: ポンポコ名無しさん 21:08:31 ID:HzS
作画監督の一人、佐藤好春氏の起用もまた世代の変わり目を象徴だろう。

楠葉氏と同様、佐藤氏も名劇シリーズ後半期の担い手であり、アニメーターとして名劇シリーズの“顔”となる存在であるからだ。

佐藤氏は当時まだ入社して日が浅かったが、『赤毛のアン』・『トム・ソーヤーの冒険』の制作時に近藤喜文氏に師事しており、そこでアニメーターとして大きく影響を受けたという。

そこで培った技術が買われ、本作の作画監督として楠葉氏から推薦を受けたのだ。

佐藤氏は社内育ち《※》としては初の作画監督である上に、若輩ながらの抜擢となったのだ。

しかし、キャラデザの竹松一生氏の画に合わせるのが難しかったと語っており、四苦八苦したという。

そこで、開き直って自分の画を押し出すことにしたのだが、それが功を奏して視聴者から高評を得ることとなった。

ちなみに、キャラクター上、悪く言われがちなアンネットも、佐藤氏の作監回においては「可愛い」と評されることが多い。

《※ 日本アニメーション入社以前に、東映動画の下請けであるスタジオ・カーペンターに短期間だけ在籍していたことはある。
そこで『銀河鉄道999』などの動画に携わったが、やりたいものとは違っていたために退社したとのこと。
ちなみに、そこに同じく在籍していた名倉靖博氏とは同期・同年代の関係にあった。》

144: ポンポコ名無しさん 21:08:52 ID:6ve
はえー


145: ポンポコ名無しさん 21:11:25 ID:HzS
【牧場の少女カトリ】
フィンランドの田舎に暮らす少女カトリ。 出稼ぎに行ったまま音信不通となった母の帰りを待ち、奉公人として働くカトリの成長を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (39)

放送期間:1984年1月8日~12月23日 全49話
冠枠:世界名作劇場
提供:味の素(途中降板)、花王石鹸、ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (40)

監督:斎藤博
プロデューサー:松土隆二
脚本:宮崎晃
絵コンテ:清瀬二郎(斎藤博)、楠葉宏三
キャラデザ:高野登
作画監督:高野登、佐藤好春、森友典子
音楽:冬木透
企画:佐藤昭司、久保田栄一(CX)

原作者:アウニ・エリザベス・ヌオリワーラ(フィンランド/1883-1972)
原作:「牧場の少女」[PAIMEN,PIIKA,JA EMANTA](1936)
舞台:1912~1918年 フィンランド
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (41)

146: ポンポコ名無しさん 21:12:36 ID:HzS
原作は作者のアウニ・ヌオリワーラが自分の母をモデルとし、その生涯について描いたとされる一代記小説。

原書は三部作からなり、邦訳出版されているのは少女編となる第一部のみである。

原作を日本で初めて紹介したのは森本ヤス子氏《※》である。

その後、他氏による訳も出ているが、それも森本氏の訳が基になっている。

しかし、完訳として出されていなかったため、本作では日本フィンランド文学協会の渡部翠氏に完訳してもらったものを底本としている。

貧しい奉公少女という設定から、放映前には「西洋版おしん」として触れ込まれた本作。

しかし、実際にできあがったものは淡々とした日常を描いたものであり、『おしん』の暗く重いイメージとはかけ離れていた。

むしろ、そのイメージにふさわしかったのは次作『小公女セーラ』であろう。

《※ 夫はフィンランドの民族叙事詩「カレヴァラ」を日本で初めて紹介した森本覚丹氏である。
「カレヴァラ」は本作においても重要なファクターとなっている。》

147: ポンポコ名無しさん 21:14:08 ID:HzS
監督には斎藤博氏、脚本には宮崎晃氏が起用された。

両氏のコンビはこれで名劇シリーズにおいて4度目となり、コンビとしては本作が同シリーズ最後の作品となった。

そして、両氏のそれまでの実績が結実したかのようにして、『牧場の少女カトリ』はお互いの個性が色濃く現れる作品となった。

その背景には、本作がほぼオリジナルの物語として描かれたことにある。

両氏は原作の物語を悲惨と評しており、アニメーションに起こすには難があると判断したからだ。

その後、フィンランドへロケハンに行った際も原作内容の設定が想像以上に厳しいものであると知り《※》、オリジナル路線へと至ったのだ。

また、斎藤氏には制作にあたって「最後の作品になるだろうから、きちんと作りたい」という思いがあった。

そこには、スランプに陥っていたことが背景にあるようだ。

斎藤氏は前回の監督作であった『南の虹のルーシー』の制作で大変苦慮を強いられた。

そのため、気抜けしてしまったところに、またもアニメーションにするには困難であった本作の監督を任されたという経緯がある。

そして、制作に入る前から「もうこれで終わりだな…」という予感があり、悔いのない思いで制作を始めたとのことが。

《※ 原作内容の時代背景は本作よりも古い。
ロケハン時には当時の農家の暮らしを取材するため、野外博物館に訪れたのだが、そこで主人公カトリの置かれた環境の悲惨さを知ったのである。
そのため、宮崎氏は本作のシリーズ構成にあたり、時代を下げて設定している。》

148: ポンポコ名無しさん 21:15:48 ID:HzS
斎藤氏は本作の制作にあたり、清瀬二郎名義で絵コンテとしても積極的に携わっている。

その量は全編の8割にものぼり、名劇シリーズにおいて1作品あたりに1人の絵コンテが担当する量としては最も多いのである。

そして、他の絵コンテには前作『わたしのアンネット』で監督を務めた楠葉宏三氏しかつけておらず、斎藤氏の本作へ意気込みの強さが伺い知れるものとなった。

斎藤氏が絵コンテに執心した理由は、そこが作品に一番反映させられる場所だと考えていたからだ。

また、監督として制作全体に目を通すことは難しかったため、絵コンテを押さえれば何とかなるという思いがあったと語っている。

それに当時は作画陣が充実しており、斎藤氏は宮崎氏を厚く信頼していたため、原画や脚本面の心配をすることがなかったのである。

149: ポンポコ名無しさん 21:16:54 ID:HzS
斎藤氏の絵コンテはアドリブを効かせたカットを切ることに特徴があり、軽妙な演出を持ち味としている

そのため、原作内容からの制約を受けない、ほぼアニメオリジナルといってもよい本作においてその持ち味は大きく引き出されることになったのだ

そんな斎藤氏の個性を活かすとともに、斎藤氏によって活かされたのが宮崎氏の脚本だ。

宮崎氏の脚本には、その特徴の一つとして心の葛藤をよく描いていることが挙げられる。

本作ではそれが特に顕著に見られ、台詞に頼らないで主人公カトリの内的な葛藤を綿密に描いている。

そのため、台詞のない部分の表現というものは絵コンテによって大きく左右されることになった。

つまり、ここに宮崎脚本と斎藤演出の相互補完関係が極まるものとなったのだ。

150: ポンポコ名無しさん 21:18:01 ID:HzS
本作の作風は一見すると暗く思えるが、その実、ほのぼのとしている。

特に物語前半は「牧場の少女」というタイトル通り、牧歌的と言えるものだ。

基本的に物語は日常描写に終始しており、その点に関して言えば本作は名作ものアニメとしては大変オーソドックスなものである。

しかし、その物語の組み立て方は名劇シリーズは元より、連続ものストーリーのアニメ作品としてかなり異質である。

本作では劇的展開や次回に繋げる演出、伏線張りといった、いわばドラマ性というものを極端に抑えている。

主人公のその日々の暮らしという極めて地味なシナリオを黙々と積み重ねていることに特徴があるのだ。

そう、「積み重ね」であって、全体の軸となる一貫した物語というものがない。

突き放した言い方をすれば、カトリの成長をただ描いているだけなのだ。

151: ポンポコ名無しさん 21:19:10 ID:HzS
本作を初めて見始めたとき、まず音信不通となったカトリの母の存在が今後の展開において重要となりそうだと思うかもしれない。

しかし、作中では終始に渡って母との再会のための伏線は張られておらず、それに結実するための物語ではないことを示している。

最終回における母との再会はあくまでも日常の一編に過ぎず、感傷を誘うような劇的な演出というものが行われていない。

最後の最後までドラマ性を排しているのだ。

示し合わせたドラマを避け、「物語」という枠から逸脱したかのような態度を貫くことにより、一種のリアリズムを得ているのが本作の特色である。

152: ポンポコ名無しさん 21:20:10 ID:HzS
こうした作品作りが可能となった背景を、あえて悪い言い方をしてしまうならば、原作と視聴率の軽視である。

原作の軽視については先述した通り、斎藤氏と宮崎氏が原作内容をアニメーションに起こすことは難しいと判断したためだ。

一方、視聴率の軽視については斎藤氏の理由があった。

これも先述した通り、悔いのない思いで制作に臨んだことが背景にある。

そう、最初から視聴率には期待しないで、どっしり落ち着いた態度で本作を手掛けていったのである。

この頃の名劇シリーズは過去最悪となる視聴率低迷に喘いでおり、苦境に立たされていた。

それにも関わらず、斎藤氏は視聴率をあえて気にしないという思い切った判断に出た訳である。

しかし、こうしたやり方ができるのも、その根本を辿れば「世界名作劇場」というブランドがあったからこそ成し得たものだと言える。

何はともあれ、『カトリ』のやり方を余所で真似しようものなら各所から物言いがつきそうなものである。

153: ポンポコ名無しさん 21:21:57 ID:HzS

本作ではオリジナルの物語を描くにあたり、その幅を広げるためにフィンランドというシチュエーションが積極的に活かされている。

特に宮崎氏は当地の生活習慣に、アンデルセン童話《※》やフィンランド民話の一編をエピソードに取り入れたりと、淡々とした日常描写に彩りを添えている。

そして、特に注目すべきは歴史背景を物語全体に渡って絡ませたことであろう。

本作では、時代描写の乏しかった原作から宮崎氏によって新たに具体的な時代が設定されている。

その理由として宮崎氏は、原作では歴史的な面白さに欠け、貧しい人間にとって原作の背景となる時代は悲惨すぎるということを挙げている。

そのため、本作では時代設定として、貧しい人間にも将来の可能性が拓かれ、フィンランドの歴史にとっても激動の時代となった20世紀初頭が選ばれたのだ。

また、宮崎氏はカトリが原作者だったらということを想定していたことも、その考えに繋がったと語っている。

《※ 発祥はデンマークだが、北欧圏では大変親しまれている文学作品である。》

154: ポンポコ名無しさん 21:23:11 ID:HzS
その時代では第一次世界大戦とフィンランド独立運動が展開されており、本作の物語もそれらに沿って終始展開している。

物語序盤でカトリが奉公へ出るに至ったのは、母がドイツへ出稼ぎに行ったきり音信不通となってしまったためであるのだが、その背景としてまず第一次世界大戦の開戦が絡んでいるのだ。

そして、最終回で戦争による混乱も落ち着き、フィンランドがロシアから独立を果たした頃に、カトリは母との再会を果たすのである。

特にフィンランド独立運動に関しては、カトリの運命と重ねて展開されており、本作最大のテーマであるカトリの「夢」が表現されている。

作中、カトリは独立運動家の青年アッキと知り合い、彼がきっかけで勉学への意欲に目覚める。

ここで初めて独立運動に言及し、カトリの将来への可能性が切り開かれることになるのだ。

その後、カトリは将来の夢を抱くこととなり、その第一歩として学校への入学を果たすに至っている。

そして、ほどなくしてフィンランドも独立を果たし、「カトリ」と「フィンランド」が共に新たな将来への道を歩んでいくことで本作の物語に区切りをつけているのだ。

このように、物語自体のドラマ性は排されているが、その背景では歴史というドラマが用意されている。

そのため、本作の物語は“舞台”で魅せているところも大きいのだ。

155: ポンポコ名無しさん 21:26:52 ID:HzS
本作の演出には先述した時代背景を象徴し、作風に独特な静寂感を漂わすことに寄与したものがある。

それが劇伴だ。

本作では『カトリ』の時代を実際に生きたフィンランドの作曲家ジャン・シベリウスの作曲作品が作中の至るところで使用されている。

その中で最も使用されたものが交響詩「フィンランディア」である。

この作品は、本作でも歴史描写の一要素として登場する民族叙事詩「カレヴァラ」を下地にして作曲されたものであり、シベリウスの代表作として知られている。

『カトリ』の時代においてそれが特別な意味を持っていた曲であることは言うまでもなく、今でもフィンランドでは第二の国歌として位置付けられる曲なのだ。

作中では「フィンランディア」をアレンジした曲も使われており、音楽担当の冬木透氏がそれを手掛けている。

それとは別に、冬木氏オリジナルの劇伴においてもシベリウスをかなり意識した形跡が見られる。

そのため、本作では全編を通じてシベリウスの色味が濃くなっているのだ。

ちなみにクラシック曲をメインの劇伴として扱ったアニメ作品というのは当時としては珍しく《※》、制作スタッフの本作へのこだわりが垣間見れるものとなった。

《※ 前例として、MX系列で1979年から翌年にかけて放送されていた「キリン名曲ロマン劇場」シリーズがある。
ただし、こちらは“名曲”と名が付くように、作品自体がクラシック曲を前面に押し出すことを前提として企画されたものである。》

156: ポンポコ名無しさん 21:27:42 ID:HzS
ドラマ性が排された分、丹念な絵コンテや舞台描写などによって形作られた作品世界の雰囲気をストレートに伝えるものとなった本作。

そこにはいわゆる「雰囲気アニメ」に近いものがあり、その長所と短所の多くを本作は兼ね備えている。

本作の意図的なドラマ性のなさはリアリズムを獲得するものとなったが、同時に本作最大の癖ともなっている。

これを受け入れるか否かによって本作への評価は大きく分かれることだろう。

しかし、その特色から生まれた独特の魅力と主人公カトリのキャラ人気を理由として、本作には根強いファンが多く見られる。

そうしたファンの活動によって、『カトリ』ではLD化や絶版された原作邦訳本の復刊も果たされているのだ。

157: ポンポコ名無しさん 21:29:05 ID:HzS
演出・脚本以外に本作では作画にも注目したい。

まず、キャラデザには高野登氏《※》が起用されたことだ。

高野氏は虫プロダクションからズイヨー映像を経て、日本アニメーションに籍を置いたことのあるベテランアニメーターである。

本作では自身が立ち上げた「スタジオ・トト」の外部アニメーターとして参加している。

これまでプロダクションの垣根を越え、『(新)ムーミン』(1972)の頃より名作ものアニメに携わってきた古参であり、本作において初めてキャラデザを手掛けることとなったのだ。

本作の作品人気を支えてるとまで評される、魅力的なカトリのデザインを手掛けた、まさに作品の顔とも言える存在である。

《※ 『カトリ』制作当初、トップクラフト制作の『風の谷のナウシカ』の原画も同時に手掛けていたという。》

158: ポンポコ名無しさん 21:30:25 ID:HzS
そのデザインを支える作画監督には、高野自身に加え、佐藤好春氏と森友典子氏が起用された。

佐藤氏は前作『わたしのアンネット』の作画で高評価を得たのか、本作ではキャラデザ候補の1人でもあったアニメーターだ。

『カトリ』のキャラは自身に合っていたと語っており、カトリ人気の強い本作においてもファンから高い評価を得ることとなった。

また、森友氏も佐藤氏と同様、堅実な作画技術の持ち主として定評を持っていた。

作画が安定しだした『ふしぎな島のフローネ』後半と『南の虹のルーシー』のメイン作監としてその手腕を発揮していたのだ。

古参の高野氏のもと、前3作品の作画班の中心にいた佐藤氏と森友氏の存在は、まさに作画面においても本作における強みとなっていたのだ。

そのことは両氏が後にスタジオジブリに移籍したことや、名劇シリーズのキャラデザ《※》を手掛けたことからも伝わるものだろう。

《※ 佐藤氏は『愛少女ポリアンナ物語』・『ナンとジョー先生』・『ロミオの青い空』を、森友氏は『七つの海のティコ』・『名犬ラッシー』のキャラデザを手掛けている。
ちなみに、『ティコ』のキャラデザ候補には高野氏の名も最終選考に挙がっていた。》

160: ポンポコ名無しさん 21:33:28 ID:HzS
本作は前々作『南の虹のルーシー』より続く視聴率低迷の渦中にあった作品である。

さらに、「週刊 ラジオアニメック」というラジオ番組から流されたニュースを端緒にして、ファンの間では打ち切り騒動が起きてしまったという。

後にそれは誤報だと判明したのだが、「世界名作劇場大全」によると、実際にCX側から打ち切りの声が上がっていたというのだ。

また、同書によると制作側でも後番組として新たな企画を用意していたという《>>>1》。

これに関して制作スタッフによるインタビュー記事は得ていないので具体的な経緯は不明である。

しかし、次作『小公女セーラ』の監督・黒川文男氏が語るところだと、打ち切られそうな状況だったのは事実であるようだ。

それが避けられるに至った背景には、何よりも固定スポンサーがついていたことがあるのだろう。

また、関西圏の視聴率《>>>2》は良好であったことも考慮したい。
no title

《>>>1 この時企画された作品の一つが「日本名作劇場」なるものだ。
後の1986年にNTV系列で放映された『住友生命 青春アニメ全集』は、この企画を基にしたものだと思われる。》

《>>>2 全国ネットの番組で単に「視聴率」といった場合、通常は関東圏平均視聴率のことを示す 。》

161: ポンポコ名無しさん 21:34:42 ID:HzS
【小公女セーラ】
ミンチン女子学院の特別寄宿生だったセーラ。父の急死と破産により学院の使用人へと転落したセーラの受難を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (42)

放送期間:1985年1月6日~12月29日 全46話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
(※OPキャッチには「ハウス食品」のメーカーロゴが入されておらず、本放送時では字幕スーパーで入されている。
DVDや配信などでは単に「世界名作劇場」とだけ映し出される)
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (43)

監督:黒川文男
プロデューサー:中島順三、石川泰平(CX)
脚本:中西隆三、椋露地圭子、鎌田秀美
絵コンテ:坂本雄作、黒田昌郎、鈴木幸雄、平林淳、腰繁男、矢沢則夫、岡部英二、楠葉宏三、吉田健二郎、樋口雅一
キャラデザ:才田俊次
作画監督:才田俊次、山崎登志樹、大谷敦子、石井邦幸
音楽:樋口康雄
企画:佐藤昭司、久保田栄一(CX)

原作者:フランシス・ホジソン・バーネット(イギリス→アメリカ/1849-1924)
原作:「小公女」[A Little Princess](1887)
舞台:1885年 イギリス
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (44)

162: ポンポコ名無しさん 21:36:11 ID:HzS
原作者はフランシス・ホジソン・バーネット。

彼女は元々イギリスで裕福な家庭に生まれたのだが、幼くして父を亡くして以来、貧しい暮らしをすることになった。

やがて、作家として成功を収めた彼女が自分の半生を重ねて著した小説が本作の原作「小公女」である。

彼女の少女時代の夢も描かれた、その物語はまさにシンデレラ・ストーリーの典型であった。

バーネットは自身の半生や著書の内容から、富や名声を羨望の対象としていた傾向が見られる。

「小公女」でもその傾向が見られるためか、本作では人情的な価値に物語の比重が置かれることになった。

原作通り人の冷酷さは描かれている一方で(というより原作以上に)、主人公セーラを支える人達の情の深さも描かれているのだ。

163: ポンポコ名無しさん 21:37:23 ID:HzS
監督には黒川文男氏が起用された。

黒田昌郎氏や斎藤博氏と並び、演出家として日本アニメーションでも古参となる黒川氏だが、名劇シリーズでは本作が初監督作となった。

前作『牧場の少女カトリ』が当時の名劇シリーズ最低視聴率を記録したために、失敗したら辞める覚悟で制作に臨んだという黒川氏。

そのため、本作では視聴率を常に意識した作品作りが行われた。

それまでの名劇シリーズ以上に、特に『カトリ』とは全く対称的となるドラマ性の強さが押し出され、視聴者の感情を煽り立てるような演出が積極的に行われたのだ。

164: ポンポコ名無しさん 21:38:50 ID:HzS
本作の物語は、人の冷酷さが印象に残る作品である。

セーラに対するいじめや仕打ちの描写は原作よりも苛烈に描かれており、セーラへの同情や苦しみを与える人間達への鬱憤を大いに誘うものとなった。

また、セーラというキャラの描き方にも手が加えられている。

原作のセーラはやや強気で怒りもあらわにすることがあるのだが、本作では常に黙って耐え忍ぶ、ひたすらに受け身なキャラとして描かれたのだ。

そのため、本作ではまさにシンデレラさながらに悲壮感が漂うものとなり、仕打ちをする人間たちの冷酷さがより映えるものとなった。

悪く言えばあざとく作られたドラマではあったが、それは同時に名劇シリーズに新しい方向性を与えるものとなった。

視聴率を上げるという目的も大きく達成され、本作は名劇シリーズ中興の祖とも言うべきヒット作となった《※》。

その背景には、本作が放映された同じ年に、奇しくも「いじめ」問題がクローズアップされていたことも影響していることがよく指摘される。

《※ ちなみに、本作は面白いことに、フィリピンとアラビア語圏においても高い人気を誇っている。それもかなりのものらしい。
詳細は分からないが、両国ともに貧富格差が大きい国ゆえに、本作のシンデレラストーリーに魅了されるのだとかなんとか。
少なくとも、フィリピンに関してはマルコス政権崩壊前後の日本アニメブームの影響が後押ししているものだと思われる。》

165: ポンポコ名無しさん 21:41:09 ID:HzS
こうしたドラマ作りにあたり、黒川氏は新しい切り口を求めた.

それは、セーラに過酷な仕打ちを与えるミンチン先生というキャラをもう一人の主人公として捉えたことだ。

黒川氏は原作を読んでみて、セーラが自分から行動を起こすことがなかったことに頭を悩ませた。

なぜなら、「動き」が要求されるアニメーションではそれを表現することに難があるからだ。

そのため、本作ではセーラを動かすキャラとして、ミンチン先生の持つ役割を重視した訳である。

黒川氏はミンチン先生を描くにあたり、「女のさが」というテーマを打ち出し、セーラへの嫉妬心を抱かせるよう仕掛けたのだ。

166: ポンポコ名無しさん 21:42:18 ID:HzS

黒川氏の意向を受け、ミンチン先生を中心にしたドラマをアニメーションに実現させることに寄与したのが、脚本の中西隆三氏である。

本作と比肩する「鬱作品」として評される『フランダースの犬』において、あの有名な最終回の脚本を手掛けたその人でもある。

名劇シリーズの脚本には実写畑の出身者が多く、中西氏もその一人である。

日活制作の作品において代表的な脚本として活躍してきた経歴を持っているのだ。

そんな中西氏は、それまでの代表的な名劇脚本家であった宮崎晃氏とは好対照であった。

松竹出身であり、助監督・脚本として山田洋次監督の下で人情劇を手掛けていた宮崎氏とは異なり、中西氏はハードボイルドやアクション色の強い作品を手掛けてきたのだ。

そこで培われてきた経験が、それまでにない本作の刺激的なドラマ作りに活かされた訳である。

167: ポンポコ名無しさん 21:43:28 ID:HzS
本作は名劇シリーズにおいて中興の祖であったと同時に、大きな転換点を迎えた作品でもある。

先述した通り本作はドラマ性の強さに特徴があり、その分、それまでの名劇シリーズに見られたディティールのある生活描写が控えめになったのだ。

それに伴い、緩やかな物語展開が中心にあった従来のシリーズ構成にも劇的な場面展開が目立つようになる。

このような傾向は以降の作品にも顕れ、それまでの地味という印象が強かった名劇シリーズに刺激を与えるものとなった。

しかし、それだけに やもすれば「臭い」と評されるような過度な演出も見られるようにり、硬派な名劇ファンからは芳しくない評価を受けることも少なくない。

演出面において『小公女セーラ』は名劇シリーズ全体の節目となった作品なのである。

168: ポンポコ名無しさん 21:44:29 ID:HzS
また、企画面においても大きな変化があった。

それまでの名劇シリーズでは企画にあたり、知られていない名作に挑戦しようという意気込みがあった。

そのため、日本では知名度の低い原作が採用されることが多く、1981年『ふしぎな島のフローネ』以降では特に顕著であった。

しかし、本作以降は視聴率への意識を背景として、知名度の高い原作が多く採用されるようになる。

その背景にはCX側の事情も絡んでいた。

CXは80年代に入ってからバラエティ中心の番組編成による「軽チャー路線」を敷き、局全体が視聴率主義という情勢に浸っていた。

そこに日曜ゴールデン放送の名劇が視聴率競争に投入されたことは想像に難くなく、それを背景としてか、本作から名劇シリーズではCX側のプロデューサーが参入するようになったのだ。

ちなみに本作のCX側プロデューサーであった久保田栄一氏は、後のフジ・メディア・ホールディングス代表取締役社長である。

169: ポンポコ名無しさん 21:46:09 ID:HzS
制作方針に転換があったように、本作では奇しくも、スポンサー面でも大きな節目となっていいた。

それは、本作からハウス食品《※》の一社提供が始まったことにより、冠枠が「ハウス食品世界名作劇場」となったことだ。

この冠枠は94年『ティコ』序盤までの9年以上の長期に及ぶものとなり、名劇シリーズの一時代を象徴するものとなった。

しかし、先述した通り、本作の頃より名劇シリーズでは作品への影響力はCX側が大きく持つようになっていった。

ハウス食品はそれまでの一社提供スポンサーであったカルピス食品や花王の頃とは異なった環境に置かれることになったのだ。

それに一社提供になったことも放送開始直前になって急遽決まったものだった。


余談だが、本作では名劇シリーズで唯一、提供が中断されている回がある。

それは1982年8月18日放送の第32話目となる回なのだが、この回のみハウス食品ではなく公共広告機構のCMが流されていた。

その理由は、放送の前週に起きた日本航空123便墜落事故の際、便に搭乗していた当時のハウス食品社長が亡くなられ、会社が喪に服していたからである。

《※ 当時の正式社号は「ハウス食品工業」。後に「ハウス食品」に改称するが、当時から既にそのように通称していた。》

171: ポンポコ名無しさん 21:48:11 ID:HzS
【愛少女ポリアンナ物語】
父を亡くし、叔母に引き取られたポリアンナ。父と始めた「よかった探し」の遊びで、複雑な事情を抱えた周りの人達に幸せをもたらしていく。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (45)

放送期間:1986年1月5日~12月28日 全51話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (46)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:中島順三、石川泰平(CX)
脚本:久貴千彩子
絵コンテ:楠葉宏三、矢沢則夫、腰繁男、杉村博美、黒川文男、吉田健二郎、片渕須直
キャラデザ:佐藤好春
作画監督:佐藤好春
音楽:小六禮次郎
企画:佐藤昭司、久保田栄一(CX)

原作者:エレナ・ホグマン・ポータ(アメリカ/1868-1920)
原作:「少女パレアナ」[Pollyanna](1913)、「パレアナの青春」[Pollyanna,Grow up](1915)
舞台:1920~1921年 アメリカ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (47)

172: ポンポコ名無しさん 21:50:09 ID:HzS
エレナ・H・ポータの著した「少女パレアナ」とその続編、「パレアナの青春」を原作とする本作。

その物語は、主人公パレアナ(ポリアンナ)の楽天的な振る舞いによって、彼女を取り巻く人物たちの抱える問題を解消していくことを特徴としている。

こうした内容からヨハンナ・シュピリの「アルプスの少女ハイジ」とはよく比較されることがあり、主人公の性格や行動には多くの共通項が見られる。

しかし、宗教が土台となっている教訓的内容の見られる「ハイジ」とは異なり、「パレアナ」は純粋な家庭小説として娯楽性の高い作風となっている。

原作はアメリカにおける家庭小説の最盛期となった20世紀初頭に出版されており、「赤毛のアン」《※》や「あしながおじさん」と同じく同時期を代表する家庭小説だ。

また、それらの作品と共通して、惨めな身の少女が活躍する姿をユーモアを持って描いていることに特徴がある。

その中でも、特に「パレアナ」ではコメディ色の強さが目立っている。

そのことが当時のアメリカの享楽的な文化傾向とも合致したのだろうか、エレナ最大のヒット作として大好評を得た。

その人気の高さは、「底抜けの楽天家」を意味する[Pollyanna]という英単語も生まれたほどだ。

《※ 「赤毛のアン」が執筆されたのはカナダだが、その出版社はアメリカのボストンに所在するL. C. Page & Companyである。》

173: ポンポコ名無しさん 21:52:34 ID:HzS
監督には楠葉宏三氏が起用された。

『わたしのアンネット』に続き名劇シリーズでは2作目となる監督作品だが、楠葉氏は一番好きな作品として『ロミオの青い空』と並び本作を挙げている。

シビアな展開の一方、前向きな明るさを押し出した本作の物語は、「癒し」を求めていた当時の世相に沿って制作されたものだ。

そのため、作中終始に渡ってポリアンナのモチベーションとなる「よかった探し」は、原作では教義的なところがあった「喜びのゲーム」を癒しの言葉としてアレンジしたものとなっている。

作品タイトルに「愛」をつけるという縁担ぎとも見れるあざとさはあったが、それもご愛敬。

実際にその通りの内容であり、いびつな人間模様を解きほぐしていくポリアンナの姿は、幸せをもたらす愛の伝道師ともいえる存在なのだ。

そして、その応酬とばかりに、ポリアンナも周囲の人間からの愛情を受け、自身に降りかかる不幸を克服していく。

物語自体は結構重いが、その分、そこに明るさを添えてくれるポリアンナの愛らしさが何よりも魅力に映る作品である

そうした姿勢が当時の視聴者から共感を得たのだろう、本作は『小公女セーラ』に続くヒット作となった。

また、『セーラ』以降の名劇シリーズとしては最高となる平均視聴率を獲得した。

174: ポンポコ名無しさん 21:55:23 ID:HzS
キャラデザには『わたしのアンネット』と『牧場の少女カトリ』の作監として頭角を現した佐藤好春氏が起用された。

同時に全話の作画監督としても起用された。

佐藤氏はただ描くことに精一杯であったと語るものの、滑らかな曲線を持ったその絵柄はファンからの評価は高い。

また、持ち前の作画の補整力の高さから、全編に渡って作画が非常に安定していることにも注目したい。

ポリアンナのCVには堀江美都子氏が起用された。

堀江氏と言えばアニメソングの歌手という印象が強いが、本作では初めて純粋な声優としてオーディションに参加している。

その理由は録音監督である山田悦司氏から直々に参加するように言われたためである。

言い換えれば、これは堀江氏が声優としての評価を得たものだと言える。

ポリアンナの明るいイメージ作りに大きく貢献したのは堀江氏であったといっても過言ではない。

その他CVには、野沢雅子氏や銀河万丈氏、藩恵子氏といった人気声優も起用され、話題を博した。

アニメ雑誌では表紙を飾ったり、特集が組まれたりもされ、新規の名劇ファンを獲得するものとなった。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (48)

175: ポンポコ名無しさん 21:55:45 ID:FqH
全部読んだわけじゃないけど、学部生の卒論みたいな章立てやな

177: ポンポコ名無しさん 22:03:08 ID:HzS
演出面における本作最大の特徴と言えば、物語が二部作構成になっていることだ。

第一部は「少女パレアナ」を原作としており、おおむね忠実な作りとなっている。

丁寧な人物描写ながら、スリムなエピソード配分となっており、ファンからの評価は高い。

しかし、「パレアナの青春」を原作とする第二部の評価にはやや批判がある。

原作では後半から大人になったポリアンナ(パレアナ)が描かれており、恋愛話が大きく絡むようになってくる。

一方、本作ではポリアンナは終始子供のまま描かれている。

そのため、大人であることが前提となる原作エピソードは使えなくなっているのだ。

しかし、それ以外の部分は概ね忠実に作られている。

ただ、それ以上に問題だったのが、物語のスケールが拡大したために、原作エピソードをやや強引に展開させてしまったことである。

話を詰め込みすぎた印象が否めない上、楠葉作品に特徴的な湿っぽい演出も目立ったことにも、難色を示したファンもいる。

ただ、全51話ながら中だるみすることがないという評価もあり、本作を推す人の声は大きい。

178: ポンポコ名無しさん 22:05:57 ID:HzS
本作では『セーラ』と同様、名劇シリーズの変化を思わせるものが多々あった。

その中で一番真っ先に目につくものといえば、主題歌のアイドルタイアップであろう。

本作ではハミングバード所属の工藤夕貴氏が主題歌歌手に起用された。

80年代後半の名劇シリーズにおけるアイドル歌手による軽快な曲調の主題歌は新風を与えるものとなり、その時代を象徴づけるものとなった《>>>1》。

そこには、80年代に入ってから「軽チャー路線」を敷いてきたCXの影響が如実に現れ出したことが伺い知れよう。

特に本作が企画された1985年当時はフジサンケイグループの体制が刷新されており、その余波を受けていたことも考えられる《>>>2》。

《>>>1 実はアイドルタイアップ自体は既に小林千絵氏を起用した『カトリ』で行われていた。
しかし、小林氏は最初からキャニオンレコード所属のアイドル歌手としてデビューしており、『ポリアンナ』以降のアイドル歌手とは経緯が異なる。
また、ヤマハ音楽振興会にも所属する小林氏は歌唱力の高さが売りとなっており、曲調や制作状況の違いもあってかアイドルタイアップの括りとして語られることはあまりない。》

《>>>2 1985年、フジサンケイグループの2代目議長に就任した鹿内春雄氏により、グループ全体の改革構想が打ち出された。
鹿内氏はCX副社長として前任していた時、軽チャー路線にも着手していた。》

179: ポンポコ名無しさん 22:07:06 ID:FqH
でも「愛になりたい」はシリーズでも五本の指に入る名曲やと思うで

情景が似てる「素敵な小夜曲」(ママレード・ボーイ)ともども、
ワイのお気に入りや

180: ポンポコ名無しさん 22:10:01 ID:HzS
さて、以後の作品を解説するにあたり、その予備知識として知っておきたいことがある。

それは「フジテレビの変化」についてである。

なので、ここで名劇作品の解説は小休止し、それを少し語ることにしよう。

182: ポンポコ名無しさん 22:11:23 ID:HzS
■「フジテレビの変化」について

今となっては著しく凋落したCX。

しかし、かつては80年代から90年代初頭にかけて、黄金時代を謳歌していた。

年間視聴率三冠王《※》の座を12年連続達成し、「日本一の民放」として視聴率競争の最前線に立って快進撃を続けていたのだ。

そんなCXも70年代以前には、視聴率において常にNTVとTBSに大きく引き離されていた民放キー局だった。

そもそもCXは開局以来、両局との差別化を図るため、「母と子のフジテレビ」というキャッチコピーのもと、硬派路線の番組編成を行ってきた。

しかし、名劇シリーズ初期作品のように局地的にヒットした番組はあっても、万年3位という呪縛からは抜け出せなかった。

《※ ゴールデンタイム(19-22時)、プライムタイム(19-23時)、全日(6-24時)の年間平均視聴率で三冠を獲ること。
最初に「(年間視聴率)三冠王」の表現を使いだしたのはCXである。》

183: ポンポコ名無しさん 22:12:11 ID:HzS
転機となったのは1980年。

この年、万年4位のANBにも視聴率が抜かれてしまったことを機に、当時のCX社長・鹿内信隆氏が改革路線に舵を切ったのである。

それにあたり、信隆氏は長男の鹿内春雄氏をCXの副社長ならびに代表取締役に任命した。

この春雄氏こそが黄金時代の幕を開いた立役者なのだ。

春雄氏は組織運営や編成方針の抜本的な改革を強行し、編成局主導の組織作りを行った。

信隆氏がコスト削減と労組対策のために1970年、CXから切り離した制作部門を再び合流させ、編成部門と一本化したのだ。

形式的には合流という形となったが、実質的には編成部門への傘下入りである。

これによって、CX編成部は大きな権限を持つことになった。

番組の内容や放送順序、ジャンルごとの番組本数の配分などといった、放送プログラムに関連するありとあらゆることに自分の意思と権限によって決定できる立場になった訳である

184: ポンポコ名無しさん 22:13:19 ID:HzS
このことはテレビ局とテレビ番組の関係においても大きな変化をもたらした。

それまでテレビ番組というのは、制作プロダクションが広告代理店とスポンサーを通じてTV局に売り込みをするという、いわば制作主導型の番組作りが主流であった。

しかし、編成部が主導権を握ることとなったCXでは、編成部自らが番組の企画を立案したり、介入を行えるようになったのだ。

そう、ここに今日においてテレビ業界の主流となっている編成主導型モデルが確立したのだ。

また、それに伴い、番組スポンサーとの関係にも変化が起きた。

それまでCXにとってスポンサーというのは、御上というべき存在であった。

なぜなら、“空白の放送枠”を埋めてくれるテレビ番組に対し、制作費と広告費を捻出してくれる“財源”であったからだ。

しかし、編成主導型が確立して以後、CXはスポンサーに対して“空白の放送枠”を売り込むという立ち回りができるようになった。

そのため、CXはテレビ番組に介入するための大義名分を得ることができたのだ。

185: ポンポコ名無しさん 22:18:13 ID:HzS
こうした変化による影響はアニメ番組とて、もちろん例外ではなかった。

名劇シリーズの場合、『わたしのアンネット』からCX側の人間が企画に携わり、そのわずか2年後の『小公女セーラ』からはプロデューサーとしても携わるようになった。

そして、編成部の方策によって最大の成果がもたらされたと言えるのが『愛少女ポリアンナ物語』であろう。

『ポリアンナ』の平均視聴率17.5%というのは、『ハイジ』を含めた名劇シリーズ地上波作品全24作中、第6位という大健闘である。

また、同時期には『タッチ』や『ドラゴンボール』、『ハイスクール!奇面組』なども放送されていた。

いずれもCXが何らかの形でテコ入れを行っており、同局の黄金時代をアニメ番組の面で寄与してくれたヒット作なのだ。

このようなCXの編成主導型モデルの成功は、(民放の)テレビ業界全体にも大きな影響をもたらした。

CXの快進撃を見た他局でも、続々と編成主導型モデルを導入しはじめたのだ。

186: ポンポコ名無しさん 22:20:05 ID:HzS

春雄氏の掲げた「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチコピー通り、かつてのCXは視聴者を楽しませる、ニーズに合った番組編成を行ってきたといえる。

編成戦術の大成者とも言うべきCXだが、残念ながら今の状況は悲しいと言えよう。

それは我が国、日本のテレビ業界全体にも言えることだ。

今は、ネットの普及を背景としたコンテンツの多様化や日本人のライフスタイルの変化により、若者を中心に「テレビ離れ」が進行しつつある。

視聴率が獲得しにくくなってる状況の中、数字の出ない番組は淘汰されてしまう。

そして、似たような番組ばかりが生まれてしまい、多様性が損なわれることに。

多様化の時代の恩恵を受ける若者にとって、多様性を失ったテレビ番組に、誰が見向きしようものか。

この「質の低下」こそが「テレビ離れ」を助長させていることは、誰もが指摘するところである。

以上、ここでフジテレビの変化についての解説を終える。

追記:「編成戦術」について詳述するつもりだったが、書き忘れてしまった。
悪しからず

188: ポンポコ名無しさん 22:23:22 ID:HzS
【愛の若草物語】
舞台は南北戦争時代のアメリカ。
戦争に行った父の帰りを待ち、個性豊かなマーチ家の四姉妹は母のもとで助けて合いながら暮らしていく。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (49)

放送期間:1987年1月11日~12月27日 全48話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (50)

監督:黒川文男
プロデューサー:中島順三、石川泰平(CX)
脚本:宮崎晃
キャラデザ:近藤喜文(メイン)、山崎登志樹
作画監督:山崎登志樹(メイン)、古山匠(メイン)、大谷敦子
音楽:大谷和夫
企画:佐藤昭司、久保田栄一(CX)

原作者:ルイザ・メイ・オルコット(アメリカ/1832-1888)
原作:「若草物語」[Little Women](1868)
舞台:1863~1865年 アメリカ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (51)

189: ポンポコ名無しさん 22:24:23 ID:HzS
「赤毛のアン」と並び語られる少女小説にして家庭小説の金字塔「若草物語」を原作とする本作。

国内3度目《※》となるアニメ化にして、ついに名劇シリーズとしての登場を果たした。

原作は作者ルイザ・メイ・オルコットが自身とその家族をモデルとした自伝的小説という特徴を持ち、マーチ家四姉妹をはじめとした登場人物の多くにモデルが存在する。

四姉妹が中心となる物語だが、本作を含め、「若草物語」を題材とした作品群では次女のジョオにスポットが当たることが多い。

これは原作者自身がモデルとなっていることは勿論、フェミニズム的観点で見ても注目される作品だからであろう。

ルイザ自身がそうであったように、「若草物語」では当時としては前衛的な「新しい女性観」というものをジョオを通して映し出しているためである。

女性主人公が全体の7割を占めている名劇シリーズでも作品の傾向上、フェミニズム的価値観を思わせる描写は多いため、本作でもジョオにスポットが当たるのは必然的だったと言えよう。

《※ 東映動画製作の『若草物語』が80年にTVスペシャルとして放映。
翌年、それを基にした連続TVアニメが『若草の四姉妹』として放映された。
製作は国際映画社である〈実制作は東映動画〉。》
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (52)

191: ポンポコ名無しさん 22:26:11 ID:HzS
本作の作風は多少の波乱こそあれど、基本的には日常ものである。

劇的展開の傾向を強めていった『小公女セーラ』以降の流れとは逆行するものとなった形だ。

しかし、この時期の名劇シリーズは、メジャーな原作を企画に採用するという路線も図られていたため、原作の知名度が優先された形となって本作が制作に至ったのだろう。



監督には『小公女セーラ』を手掛けた黒川文男氏を起用された。
「女のさが」を通じ、『セーラ』では嫉妬の念に焦点をあてたのに対し、本作では四姉妹ら家族の「信頼と情愛」に焦点があてられた。

この「信頼と情愛」という部分は原作でも、その作品価値を高めたものとして重要視されている。

しかし、原作ではそれは敬虔なピューリタン精神を前提にして描き出されたものであった。

名劇シリーズでは原作の宗教色を控えることが基本方針となっているため、本作ではそれを抜きにした形で視聴者に親しみやすいホームドラマとして再構築された。

そして、そのドラマ内容も本作前後の作品に見られるような大人達のしがらみというのがあまりなく、常に四姉妹が主体となって展開されたものであった。

そのため、ベタではあったものの快活さを得る作品となったことは確かだ。

192: ポンポコ名無しさん 22:28:30 ID:HzS
こうしたドラマを脚本として起こしたのが本作で6度目の名劇シリーズ登板となる宮崎晃氏である。

本作でも物語に時代背景を絡ませるという一芸を見せ、南北戦争終結をもって日常の連続である物語に区切りをつけている。

これは『牧場の少女カトリ』の時と同様の手法であった。

また、最終回において乗り物で移動しながら主人公《※》の「これから」を描く形でフェードアウトしていったような締め方も『カトリ』と共通するものとなった。

これには黒川氏が叙景詩のような演出を意識していたことも理由にあった。

その一方で、アニメ化に際してのアレンジも相まって、原作の持つ少女小説らしい感傷的な描写が薄まったことは否めない。

この点は、本作もやはり『セーラ』以降の名劇シリーズの演出傾向に沿っていたことを感じさせるものとなった。

同じ少女小説原作ながら、『赤毛のアン』の頃とは決定的に異なっていたのだ。

《※ここでは便宜的に主人公をジョオとして書いた。》

193: ポンポコ名無しさん 22:29:49 ID:HzS
演出に関して原作ファンからは賛否が分かれるところだろう。
かくいう自分も原作のファンだ。

しかし、本作には強い持ち味もある。
それは本作が「キャラもの」としても見れる点にある。

昨今ではネガティブな意味合いでも使われる言葉だが、本作の作風を端的に表すならば、「日常もの」にして「キャラもの」なのである。

そもそも原作が卓越な家庭小説として評価されたゆえんが、登場人物の丁寧な性格描写とその使い分けにあるのだから、キャラクターにスポットがあたるのは当然といえば当然のことだろう。

名劇ファンの間で本作の話題になった際、「四姉妹の中で誰が好き?」といった質問はもはや定番である。

「キャラもの」である以上、そこにはキャラデザも重要になってくる。

本作ではメインキャラのキャラデザとして、近藤喜文氏が起用された。

キャラデザとして手掛けた『赤毛のアン』による評価が大きかったのか、同じ少女小説の傑作を原作とした本作においても、その繊細な画風で魅せてくれることになった。

サブキャラのキャラデザには、『小公女セーラ』で女性キャラの作画により定評を得た山崎登志樹氏が起用された。

山崎氏は作画監督としても近藤氏のデザインを安定して支えており、作品のつかみとして重要な最序盤では5週連続の登板となった。

194: ポンポコ名無しさん 22:34:48 ID:HzS
先述した通り、本作では原作からいくつかのアレンジが施されている。

それは物語を円滑に進行させるためだという、視聴率への配慮が理由になっている。

わかりやすい物語を作るため、本作では具体的な時代背景が設定されている。

それに伴い、オリジナルエピソードの追加や設定の変更があったため、原作から全体の物語を組み立て直すことになったのだ。

また、 視聴者の年齢層に配慮して、四姉妹の三女ベスと四女エイミーの年齢設定が原作から引き下げられている。

加えて、エイミーは本作における"設定上の主人公"として据えられており、作中でエイミーの視点によるナレーションが入ることになる。

しかし、実際にスポットが当たっているのは原作同様に次女のジョオであった。

195: ポンポコ名無しさん 22:37:18 ID:HzS
アレンジにあたり、原作ファンから特に賛否が分かれたものがある。

それはオリジナルキャラとして登場する新聞記者のアンソニーの存在である。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (53)

その理由は、アンソニーが物語の進行においてキーマンとなるキャラであり、それに伴って原作エピソードの改変が見られてしまったからだ。

また、ジョオとの間にロマンスじみたものが描写されていることも挙げられよう。

原作との大きな違いといえば、物語の舞台もそうだ。

原作ではマサチューセッツ州のコンコードを舞台としているのだが、実は本作では登場していない。

なぜなら、前作『愛少女ポリアンナ物語』において作中で舞台となる町のモデルとして、「若草物語」のコンコードを採用してしまったからだ。

そのため、二作品連続で景観が被ってしまうのを避けるため、本作では海外ロケハンを行わずに、ニューコードという架空の港町を描きだしたのだ。

しかし、それはただ舞台としてそこにあるというだけだった。

アニメオリジナルキャラを出して原作内容を一部改変した割には、「港町」という個性を持ったアニメオリジナルの舞台をほとんど活かすことはなかったからである。

196: ポンポコ名無しさん 22:37:51 ID:HzS
【小公子セディ】
ニューヨークで暮らし、皆から愛されていたセディ。父の死によって伯爵家の跡取りとなり、イギリスへと渡る。頑固な伯爵である祖父は、セディの明るさで心を開いていく。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (54)

放送期間:1988年1月10日~12月25日 全42話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (55)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:中島順三、遠藤重夫、小牧次郎 (CX)
脚本:石森史郎
絵コンテ:池野文雄、黒田昌郎、斎藤博、辻伸一、鈴木孝義
キャラデザ:桜井美知代
作画監督:しまだひであき、
音楽: 森田公一
企画:佐藤昭司、石川泰平(CX)

原作者:フランシス・ホジソン・バーネット(イギリス→アメリカ/1849-1924)
原作:「小公子」[Little Lord Fauntleroy](1886)
舞台:1890年 アメリカ→イギリス
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (56)

197: ポンポコ名無しさん 22:40:34 ID:HzS
原作はフランシス・ホジソン・バーネットの「小公子」。

『小公女セーラ』の原作である「小公女」の姉妹作品にして、バーネットの代表作の1つである。

1885年に雑誌連載され、翌年に単行本化して出版。

米英両国の価値観の違いに触れた「小公子」の物語は、出版されるやいなやたちまち両国で100万部を売り上げるヒット作となった。

両国は当時、独立戦争以来の対立感情を引きずりつつ、時代の急速な変化によって複雑極まる微妙な関係となっていった。

その中で「小公子」の登場は両国の緊張を和らげたとまで評され、バーネットにとっての出世作となった。

間もなくして、日本でも雑誌に翻訳出版されることになる。

「小公子」はわが国において最初期に紹介された海外の児童文学として広く知れ渡るものとなった。

199: ポンポコ名無しさん 22:41:42 ID:HzS
監督には楠葉宏三氏が起用された。

楠葉氏は実写映画の「小公子」を観てから、「俺が作ったほうが面白くなる」という思いを持って制作に臨まれたそうだ。

楠葉氏の演出は、社内では「泣かせの楠葉」と評されるように、感傷的かつ劇的な場面展開が多いことに特徴を持っている。

悪く言えば、あざとくも映る演出ではあるが、元よりロマンティシズムの傾向が強かった「小公子」とは相性が良かったのかもしれない。

しかし、それ以上に本作の作風は脚本によってその色味を濃く出していた。

200: ポンポコ名無しさん 22:43:19 ID:HzS
その脚本に起用されたのが石森史郎氏である。

時代劇や刑事ドラマなどの数多くの実写作品に携わってきた大御所の脚本家だ。

そうした抑揚の大きな場面展開に特徴を持つジャンルに関わっていた経歴からか、本作では随所に視聴者の感情を緊張や悲嘆へと煽り立てる効果的な手法が見て取れる。

特に何かしらの問題や事件が起こった回における、シーンの運び方にそれが顕著に見られるのだ。

また、こうした「煽り立て」をより際立たせているのが森田公一氏(本作の音楽担当)の手掛ける情動的な劇伴である。

それも頻繁に入されているために、その分だけ本作の劇的傾向の強さを示すような形となったのだ。

そう、まさに刑事ドラマや時代劇のような娯楽性の高いジャンルのドラマのノリを、そのままアニメに起こしたのが『小公子セディ』という作品なのである。

《※日本アニメーションは後年『風の中の少女 金髪のジェニー』という「名作ものアニメ」に類する作品を制作している。
石森氏はその原作を手掛けていたのだが、この作品はまさに劇的な場面展開の連続であった。》

201: ポンポコ名無しさん 22:45:45 ID:HzS
本作の物語は、原作では詳述されていなかった主人公セディのニューヨークでの暮らしが序盤1クールに渡り描かれたことに大きな特徴を持つ。

これは楠葉氏の意図により、セディと家族との繋がりを強調させることを狙って描かれたものだ。

また、原作ではセディが女の子の延長みたいな感じで描かれていると思った楠葉氏は、本作の制作にあたり溌剌とした男の子らしい姿を描いたと語っている。

それにより、「男の子」としてのセディの活躍が描かれ、全体的に陽気なホームドラマとしての面を色濃く持つ本作の作風に大きく寄与することになった。

202: ポンポコ名無しさん 22:47:25 ID:HzS
しかし、同時にその「陽気」な面が本作の評価を分けるものとなった。

本作は名劇シリーズの中でも、主人公の置かれてる環境が
恵まれてるのだ。

何をもって恵まれてるとするかは一考するものはあるが、少なくとも物質的面においてはそう言えるだろう。

早期の段階で経済的に裕福な環境に置かれる上、事故や災難といった不幸な出来事に見舞われることが比較的少ないのだ。

そこに本作の「陽気」な面が加わるために、カタルシスによる感動が得にくいものとなっているのだ。

これは本作と類似した人間関係を持つ『ペリーヌ物語』と比較して見れば、その違いが分かりやすいだろう。

原作者が『小公女セーラ』と同じではあるものの、本作の持つ印象は面白い程に対称的である。

強烈に「陰気」だった『セーラ』に対し、本作は終始「陽気」なのである。

不幸な出来事も全くないわけではないのだが、あまりそれを引きずったような描写は控えられている。

陽気さが全体を覆っているだけに、悪く言えば「お子様向き」や「軽い」などとも捉えられがちな作品なのだ。

本作がこのような作風に至った背景には、単に演出方針や脚本によるものだけではないだろう。

203: ポンポコ名無しさん 22:50:30 ID:HzS
本作では視聴率低下を背景に、年間の放送回数が大幅に削られている。

そのため、後半の展開が急ぎ足になってしまい、名劇シリーズの取り所であった「生活描写」が弱くなってしまっているのだ《>>>1》。

また、原作での主人公の名称である「セドリック」が本作では親しみやすい愛称形「セディ」呼びにしたことも、軽いイメージを助長したことが指摘されたりもしている《>>>2》。

加えて、この頃の名劇シリーズは主題歌のアイドルタイアップが行われていた時期であるということも忘れてはならない。

他のアイドルタイアップ作品同様、良くも悪くも本作に「軽い」という印象を抱かせるのに働きかけたという印象があるからだ。

《>>>1 本作以降の作品にもこの傾向は年々目立っていくようになる。》

《>>>2 日産自動車が既に「セドリック」の名称を商標登録していたため、「セディ」にしたとも言われる。しかし、「世界名作劇場大全」や「名作劇場FC」等の第三者媒介の情報なので真偽は不明。
なお、この車種名のセドリックもバーネットの「小公子」に由来したものだ。》

204: ポンポコ名無しさん 22:51:57 ID:HzS
こうした「陽気」な面ゆえに、本作は高い評価を得ることが少ない作品だが、逆にそれゆえに肯定的に捉えられる部分があることもワイからは述べたい。

本作はホームドラマとしての面を持つことにより、とかく明るいセディの姿が一番の魅力ともなりえる作品だからである。

これはつまり、身も蓋もない言い方をすれば、ショタコンの人にはお勧めしたい作品ということだ。

実際、ワイから見ても、『小公子セディ』らその気がある名劇ファンからは話題になることが多いという印象を受ける。

原作の時点で既に美少年趣味の気が見られるので、本作においてもそういう仕上がりになるのは当然といえば当然かもしれない。

そのような背景があるのかどうかは分からないが、本作のキャラデザには桜井美知代氏《>>>1》が起用されている。

実はこの桜井氏、美少年趣味があるようで、自身の手がけるデザインにはそうした趣味が反映されているケースが多いというのだ。

そして、セディ役の声優として折笠愛氏が起用されたことにも、特に声優ファンからは注目すべきことだろう。

名劇シリーズでも後年の『ロミオの青い空』でロミオ役を演じたりと、少年役に定評を持つことで知られらる折笠氏。

実は本作が声優初デビュー作であるのだ。《>>>2》。

《>>>1 桜井氏は自身の手掛けたキャラクターに細かな人物設定を与えながら、従来の名劇シリーズとは異なったリアルな絵柄へと仕上げた。
特にそれは大人キャラに顕著であった。》

《>>>2 元々舞台女優として活動していた折笠氏は、仕事の幅を広げるために本作のオーディションに参加したという。
名劇シリーズでは主演声優には新人を起用する傾向があることで知られ、声優達の間からは名劇シリーズは声優にとっての登竜門のような扱いを受けていたという。
ちなみに、芸名の「愛」は本作の制作関係者が考えてくれたものとのこと。》

205: ポンポコ名無しさん 22:53:11 ID:HzS
【ピーターパンの冒険】
ある晩、ウェンディたち姉弟はピーターパンによって、ネバーランドへといざなわれる。そこには夢と冒険に溢れた不思議な世界が待っていた。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (57)

放送期間:1989年1月15日~12月24日 全41話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (58)

監督:黒田昌郎
プロデューサー:遠藤重夫、立川善久 (CX)
脚本:雪室俊一(メイン)、島田満
絵コンテ:辻伸一、吉田茂承、古川順康、楠葉宏三、腰繁男、黒川文男、松見真一、斉藤次郎(斎藤博)、鈴木孝義、横田和善、矢沢則夫、黒田昌郎、なかむらたかし
キャラデザ:なかむらたかし
作画監督:川崎博嗣、大久保富彦、遊佐和重、石之博和、中浦啓之、ふるたしょうじ、谷口守泰、賀川愛、牧由尚、箕輪博子
音楽:渡辺俊幸
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)

原作者:ジェームズ・マシュウ・バリ(イギリス/1860-1937)
原作:「ピーターパンとウェンディ」[Peter and Wendy](1911)
舞台:1900年頃 イギリス→ネバーランド
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (59)

206: ポンポコ名無しさん 22:55:02 ID:HzS
原作はジェームズ・マシュウ・バリの「ピーターパンとウェンディ」。

約10年に及ぶ経緯を経て、この作品の物語は生まれた。

バリは1902年に発表した短編集「小さな白い鳥」の入話の1つとして、ピーターパンの物語を初めて手掛けることになった。

その後、その物語を全3幕の戯曲として書き改め、1904年に初公演したものが「ピーターパン 大人になりたがらない少年」である。

この成功により、「ピーターパン」の名はイギリスで広く知られることになった。

そして、今日最も知られるピーターパンの物語が1911年に小説として発表された「ピーターパンとウェンディ」である。

この物語を基にディズニーがアニメーション映画化した、かの有名な「緑のピーターパン」はあまりにも有名だ。

207: ポンポコ名無しさん 22:57:18 ID:HzS
本作は名劇シリーズの前身となった「カルピスまんが劇場」シリーズから通算して数え、名作アニメ放送20周年を記念して企画された。

そして制作されたものが、それまでの名劇シリーズとは一線を画した賛否両論の異色作『ピーターパンの冒険』であった。

そう、本作は現実的世界における丹念な生活描写と人間ドラマに根ざした物語という名劇シリーズの伝統を覆したのだ。

全くの架空世界を舞台にしたファンタジーと冒険活劇の物語には、賛否両論の声と共に大きな話題を呼んだ。

208: ポンポコ名無しさん 22:58:36 ID:HzS

監督には黒田昌郎氏が起用された。

黒田氏と言えば、『アルプスの少女ハイジ』と共に名劇シリーズの路線を確立した一作である『フランダースの犬』を手掛けたことで有名だ。

しかし、その後の監督作『ふしぎな島のフローネ』がそうであったように、本来の黒田氏は娯楽性の高い冒険色のある作品を主に手掛けているのである。

そのため、本作への抜擢自体は特に風変わりだという印象は受けない。

黒田氏は本作を制作するにあたり、スピーディーなアクションと起伏の大きなドラマチックな展開を描くことを心がけた。

そして、実際にできあがった本作はまさにその通りになったと言えるものだった《※》。

名劇ファンの間では本作に対して否定的な声も大きいが、黒田氏本人は「かなり自由にやらせてもらえた」として、愛着深い作品であると語っている。

209: ポンポコ名無しさん 23:01:50 ID:HzS
黒田氏が自由にやることができた背景、そして本作の作風に至った背景にはCXの存在が大きく関わっていた。

当時、CXは「軽チャー路線」の名のもとに視聴率三冠王の座を邁進し続け、“日本一のテレビ局”として全盛期の真っ只中にあった。

そんなCXが気掛かりにしていたのが日曜ゴールデンタイムに枠を構えていた名劇シリーズの存在であった。

名劇シリーズでは『愛の若草物語』以降、視聴率が下降線を辿っていった。

この状況をCXは快く思わず、いずれ放送枠が無くなってしまうかもしれないからと制作側に警鐘を鳴らしていたのだ。

そして、名劇シリーズが低迷した理由を作風のマンネリにあると考えたのか、CXは自ら新作の企画を制作側へ提案してきたというのだ。

結果、CXが企画を押し切った形で制作されたのが『ピーターパンの冒険』という作品である。

この時、黒田氏はCXから、伝統をぶち破ってでも高視聴率を獲るようにと言われたという。

そこで本作では男子の視聴者を取り込むことで視聴率を上げようと図り《※》、作風が一新されるに至ったのだ。

《※ 名劇シリーズの視聴者層には女性が多いという認識が制作側にあったため。》

210: ポンポコ名無しさん 23:06:05 ID:HzS
アクションシーンが象徴的である本作では、いつにもまして作画に力が注がれた。

黒田氏によると、名劇シリーズでは通常1話あたりに使用する動画枚数は6000~8000枚程度《>>>1》なのだが、本作ではそれが1万枚に及んだという。

また、OP映像には30分のTVアニメ1本分の枚数がかけられており、初回放送時には1時間スペシャルを行うといった力の入れようだった《>>>2》。

社外スタッフを多数参入させて強化した作画陣によってこれらの荒業を可能としたのだが、その背景にはバブル景気による影響があったことも無視できないだろう。

しかし、本作の制作終了後にその反動はやってきた。

アニメーターにとっては世間の浮かれ景気も関係なかったのだろうか、社内の作画陣が瓦解の危機に瀕してしまったのだ。

その影響はただちに以降の作品に及び、立て直しまでに4~5年を要することになったという。

《>>>1 作品の内容にもよるが、30分アニメ1本分に使用される動画枚数は概ね3000枚台から4000枚前後である。
6000~8000枚という時点でもTVアニメとしては上々の部類となる。
同社制作の『ちびまる子ちゃん』が1本につき2000枚程度であることを考えると、同じ日常劇を中心としながらも、名劇シリーズではいかにディテールを求めていたかがよく分かるだろう。》

《>>>2 昭和天皇崩御による初回放送日の延期も理由にあったものと思われる。》

211: ポンポコ名無しさん 23:08:05 ID:HzS
キャラデザには公募がかけられ、当初は驚くべきことにいのまたむつみ氏《※》が採用されていた。

そして、当時『AKIRA』の作画監督として名を馳せていたなかむらたかし氏が本作にも作画監督として起用しようと声がかかった。

しかし、いのまた氏の描いたデザインに難色を示したのがなかむら氏であった。

なかむら氏はいのまた氏のデザインを見て「ピーターパンはこうじゃない」との思いがあって、自らラフ画を起こしたのだ。

それがきっかけとなり、なかむら氏は改めて本作の正式なキャラデザとして起用されることになったのである。

また、なかむら氏は「動き」の研究やカット割りにも熱心であったため、場面設定も兼任することになった。

《※ 『ウインダリア』などのカナメプロダクション時代の湯山邦彦作品や『テイルズ』シリーズのキャラデザとして知られている。
いのまた氏の絵柄は線が細く、色気高いことに特徴がある。
従来の名劇シリーズの画風には明らかに合致しそうではないが、いのまた氏の描いたキャラデザインはそれはそれで気になる。》

214: ポンポコ名無しさん 23:14:29 ID:HzS
脚本には雪室俊一氏と島田満氏が起用された。

雪室氏は当時も今もアニメ業界では最古参となる大御所脚本家である。

当時、同じくCXが日曜ゴールデン帯で放映していた『サザエさん』と『キテレツ大百科』の脚本にも雪室氏が起用されていたことも背景にあったのか、本作の起用には視聴率向上を見据えた意図があったようにも思えてくる。

名劇シリーズの脚本家はそれまで実写畑出身者が主流だったが、雪室氏は既に「アニメ脚本家」としての実績が豊富だったからである。

また、そのような意図は島田氏を起用したことからも伺い知ることができる。

当時、島田氏は新進気鋭ながら、数々の80年代ヒットアニメに携わってきた売れっ子脚本家であったからだ。

特にCXの黄金期をアニメの面で牽引してきた『ハイスクール!奇面組』 、『タッチ』 、『ドラゴンボール』 の脚本を手掛けたことがあるのは相当にデカかったであろう。

215: ポンポコ名無しさん 23:16:57 ID:HzS
本作の物語はほぼ全編がオリジナルであると言ってもよい。

原作からはいくつかの設定とメインキャラのみが共通しているぐらいだ。

特に物語後半の「ダークネス編」は完全にオリジナルな上、「ラスボスを倒してハッピーエンド」という典型的なファンタジーものの形式を取っている。

ディズニーの『ピーターパン』との差別化が図られた本作であったが、結局のところ、お互いに原作のシリアスな面を削ぎ落とし、娯楽性に特化させた冒険活劇であることには変わりはなかった。

そして、名劇版『ピーターパン』が視聴率獲得を強く意識していたために、テコ入れが露骨に目立ってしまった作品であることは否めないのである。

216: ポンポコ名無しさん 23:17:57 ID:HzS
黒田氏によると、そんな本作にスポンサーは終始何も言ってこなかったという。

そう 、黒田氏が置かれた環境は以前の監督作であった『フランダースの犬』の時とは全く真逆の状況となってしまったのだ。

『フランダースの犬』では、スポンサー側が企画を押し切った形で制作へと至り、その作品内容に対しても強い発言力を及ぼしていた。

かたや、その当時のCXは終始何も言うことはできなかったのである。

そう、当時の一社提供スポンサーというのはテレビ局側から見たら、放送プログラム上にある空白の枠を、制作プロダクション&広告代理店を介して埋めてくれたという立場であったのだ。

そこに、テレビ局側が口を挟む余地など殆どなかったのである。

『ピーターパンの冒険』という作品はまさに時代の巡り合わせによって生まれた存在なのであった。

218: ポンポコ名無しさん 23:19:49 ID:HzS
【私のあしながおじさん】
謎の紳士の支援を受け、孤児院からハイスクールへと入学させてもらったジュディ。ジュディの青春に満ちたハイスクール生活を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (60)

放送期間:1990年1月4日~12月23日 全40話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (61)

監督:横田和喜
プロデューサー:松土隆二、立川善久 (CX)
脚本:藤本伸行
絵コンテ:横田和善、鈴木孝義、和田市郎、関戸始、和田幾雄、松見真一、斉藤次郎(斎藤博)、楠葉宏三、加賀剛、佐土原武之
キャラデザ:関修一
作画監督:ふるたしょうじ、菊池晃、大城勝、入江篤
音楽:若草恵
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)、大橋益之助(電通)

原作者:ジーン・ウェブスター(アメリカ/1876-1916)
原作:「あしながおじさん」[DADDY-LONG-LEGS](1912)
舞台:1920~1927年 アメリカ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (62)

220: ポンポコ名無しさん 23:20:59 ID:HzS
原作はジーン・ウェブスターの「あしながおじさん」。

その内容は、主人公ジュディが“あしながおじさん”に宛てた手紙の文章内容を連ねるという、典型的な書簡体小説の形式をとる作品である。

その文章を通じて、背景的に物語が展開されるという特徴を持っているのだ。

ジーンは学生時代より、孤児院や感化院といった社会施設やその事業に関心を抱き、大学卒業後も作家として活動するかたわら、社会事業にも携わっていた。

その中、1912年に発表した「あしながおじさん」というのは、ジーンが恵まれない境遇の人々に目を向けて執筆した作品の1つであった。

そして、それがジーンの名声を確かなものとした、生涯で最大のヒット作でもある。

また、1915年にはその続編として、ジュディの友人サリーを主人公とした「続あしながおじさん」《※》も発表している。

《※ 前作よりも更にロマンス色が強く、児童文学としてカテゴライズするには際どい作品だ。そもそも、もろに大人同士の物語である。》

222: ポンポコ名無しさん 23:23:28 ID:HzS
前作『ピーターパンの冒険』のファンタジー路線から一転して、またも風変わりな路線を歩んだ本作。

ティーンエイジャーのスクールライフを描き、恋愛ストーリーへと発展させるという試みを行ったのだ。

名劇シリーズでは平成に入ってからしばらく、視聴率低迷を打開するため、従来の路線とは異なる様々な新しい試みが行われていた。

『私のあしながおじさん』もまたその1つであり、賛否の声は決して小さいとは言えない作品となった。

しかし、同時に本作は「名作ものアニメ」として、その作品の作り方に際し、一つの基準ともなりえるであろう「良い点」を明瞭に呈した作品であった。

それは原作の持ち味をわかりやすく伝えるという点であった。

原作は書簡体小説という形式をとっているがため、映像化するには難しいところがあった。

しかし、本作では基本的なシナリオを崩さずに、適度な解釈とアレンジを加えて見事、アニメ映像に表現させることができたのだ。

また、主人公の成長を、思春期や孤児院出身であるという要素を原作以上に活かしながら、わかりやすく描かれたことにも注目すべきことだろう。

物語の内容こそ風変わりな路線だったが、原作とアニメとの間で両者の特性を活かして適度な肉付けが施されたことは、「名作ものアニメ」の作品作りとしては一つの理想であったのかもしれない。

226: ポンポコ名無しさん 23:27:37 ID:HzS
監督には日本アニメーション制作の『宇宙船サジタリウス』を手掛けたことで知られる、横田和善氏が起用された。

同社でも最古参となる演出・絵コンテマンだが、本作で初めて「名作ものアニメ」に監督として本格的《※》に携わることとなった。

横田氏はそれまで名作ものとは毛色の異なる作品を手がけてきたことから、制作関係者が名劇シリーズの作風に新しさを求めていたことは想像に難くない。

本作の作風は中盤過ぎから大きく変化こそするものの、全編に渡ってアクの強さが目立つことは共通している。

中盤まではユーモアとウェットな演出を交えたコメディ色の強いドラマとして描かれている。

このユーモアというのがまた一癖あり、カートゥーン的とも言える過剰気味な演出がされているのだ。特に序盤はその傾向が強い。

しかし、それが本作の舞台となっている、いわゆる「古き良きアメリカ」に馴染んでいるという肯定的な見方もできよう。

そして、終盤に近づくにつれ、本作はラブロマンスの様相を呈していく。

このパートが大きく賛否の声が挙がるところであり、本作の評価を左右するものとなった。

この終盤のシナリオに関してはCXの介入があったらしく、それが事実なら、本作はまたもCXの視聴率主義に振り回された形となったことになる。

ただし、その視聴率において本作は一定の成果を得ることができたのも事実である。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (63)

>>1987-88年放送の『グリム名作劇場』にも監督として携わってはいたが、この時は複数監督制のもとで起用された。》

227: ポンポコ名無しさん 23:30:26 ID:HzS
キャラデザには関修一氏が起用された。

名劇シリーズでは『南の虹のルーシー』以来となる8年ぶりの再登板である。

関氏はこれまで日本アニメーションの作品や名作ものアニメのキャラデザを数多く手掛けており、その評価は高い。

関氏は作品に合わせて、その絵柄に意図的な変化をつけるようにしているが、それでも作品ごとに共通する特徴は幾つか見られる。

しかし、本作では横田氏から「今までの関さんにはない、はっちゃけた感じで」という要望を受けた結果、それまでとは趣が大きく異なる絵柄となった。

関氏の手掛けたデザインの中でも、デフォルメを強く利かせた本作の絵柄に関しては賛否の声が大きく挙がっており、アクの強い作風に良くも悪くも寄与することとなった。

更に、そういった絵柄面でのアクの強さをマイナス面で際立たせてしまったのが作画である。

前作『ピーターパンの冒険』で外部社員を参入させてまで作画に力を入れすぎた結果、シリーズ終了後には社内作画陣が疲弊しきっていたのである。

これによる影響をもろに受けてしまったのが、その翌年に制作された本作なのである。

作画のできるスタッフが以前よりも少なくなってしまった状態で本作は制作されたのである。

そのため、アクの強い関氏のデザインに手こずったのか、作中において不安定な作画が多々見られることとなった。

特にそれは、成長した姿のジュディたちが描かれる後半において著しかった。

228: ポンポコ名無しさん 23:31:31 ID:HzS
絵的な面とは裏腹に、音楽面において本作は大きな評価を得た。

まず、注目すべきは主題歌のレーベルに日本コロムビアが復帰したことである。

『赤毛のアン』以来となる11年ぶりの登場を果たし、それまでのポニーキャニオン(旧キャニオンレコード)の時代に終止符を打ったのだ。

それに伴い、日本コロムビアに所属の、ジュディ役の声優でもある堀江美都子氏による主題歌が実現したのだ。

これによって、80年代中頃より続いたアイドルタイアップの時代にも幕を閉じ、本作以降の名劇主題歌は原点を意識していくようになった。

また、CD販促のテコ入れからなのか、堀江氏は主題歌以外にも入歌やイメージソングを全曲歌っている。

本作は名劇シリーズの中でも入歌・イメージソングの収録数が特に多かったため、劇伴を含めたCDアルバムが三部作の形でリリースされることとなった。。

名劇シリーズでCD販売が展開されたのは『小公子セディ』からであるが、このような形式での販売は本作が初であった。

229: ポンポコ名無しさん 23:33:32 ID:HzS
音楽が大きな比重を占めているというプロデューサー・松土隆二氏の言葉通り、本作では若草恵氏の手掛ける劇伴にも注目したい。

レコード・CM音楽の編曲歌として既に評判のあった若草氏だが、本作における音楽活動はアレンジ曲を含め、全ての面でターニングポイントになったと語っている。

本作の音楽はミュージカル的なものを制作側が志向していたようで、元々ミュージカルが好きであった若草氏は本作において、その要望を隅々に至るまで叶えてくれた。

その中でも、近代音楽の技法を使った使った劇伴は数多く占めており、印象に残る曲が多い。

若草氏は後年に『ロミオの青い空』の劇伴も手掛けるのだが、そちらの方でもやはり評価は高い。

230: ポンポコ名無しさん 23:34:49 ID:HzS
【トラップ一家物語】
厳格なトラップ男爵家の下に家庭教師として派遣された修道女マリアと、男爵と七人の子供たちとの交流を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (64)

放送期間:1991年1月13日~12月22日 全40話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (65)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:松土隆二、和田実 (CX)
脚本:しろやあよ
絵コンテ:楠葉宏三、中西伸彰、関戸始、斉藤次郎(斎藤博)、加賀剛、佐土原武之、則座誠
キャラデザ:関修一
作画監督:大城勝、加藤裕美、細井信宏、伊藤広治、田中穣、伊武菜鳥、入江篤、遠井和也
音楽:風戸慎介
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)、大橋益之助(電通)

企画協力:ヨハネス・フォン・トラップ(アメリカ/1839-)、ハンス・ウィルヘルム(ドイツ→アメリカ/1945-)
舞台:1936~1938年 オーストリア
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (66)

231: ポンポコ名無しさん 23:37:34 ID:HzS
本作には「原作」というクレジットが存在しない。

そう、一つの決まった原作というものが実質的にないからである。

本作は史実を基にした物語であり、主人公マリアとトラップ家の面々は実在した人物でもあるのだ。

この史実の物語はジュリー・アンドリュース主演の映画『サウンド・オブ・ミュージック』やミュージカルにおいて広く知られているが、本作はより史実に沿って制作された。

マリアは自伝として「The story of the Trapp family singers」(1949)などの著書を残しており、本作もそれを参考にしている。

一応、本作には形式的に原作としている著作物はある。

それはハンス・ウィルヘルム氏が1983年にアメリカで発表した絵本「トラップ一家物語」《※》である。

企画協力としてウィルヘルム氏がクレジットされているのはそのためでたる。

また、ウィルヘルム氏と同じく企画協力に携わったヨハネス・フォン・トラップ氏はマリアの実の子である。

ただ、ヨハネス氏が本作において具体的にどう関わっていたのかは不明である。

《※制作側からは特に明言されていないが、同書の中にはいくつか本作の作中シーンを彷彿とさせる挿絵がある。》

232: ポンポコ名無しさん 23:41:14 ID:HzS
監督には楠葉宏三氏が起用された。

80年代以来、既に名劇作品を三作品も手掛けていた楠葉氏の起用は堅実ともいえる人選だ。

楠葉氏は自身が手掛ける監督作においても、絵コンテとしても積極的に携わっていく傾向がある。

その中でも、本作は特に絵コンテに比重がかかっており、楠葉氏の得意とするウェットな演出が目立つものとなった。

実写映画のイメージが強いトラップ家の物語だが、楠葉氏は本作を制作するにあたり、実話と映画のいいとこ取りをしようと考えていた。

それは実話をそのままアニメ化すると、ドラマとしての面白みに欠けると判断してのことだった。

また、物語の要であるトラップ家合唱団のハーモニーを揃えるため、あらかじめトラップ家の子供達に一人一人スポットを当てることも考えていた。

その結果、生み出された『トラップ一家物語』はホームドラマとしての面を色濃く持ったハートフルな作品であった。

233: ポンポコ名無しさん 23:42:22 ID:HzS
名劇シリーズでは『ピーターパンの冒険』の頃から作風の面で冒険的な試みが行われていたが、本作もまたその一つである。

その作風には前作『私のあしながおじさん』と共通するところがあった《※》。

全体的な作風においては、ユーモアとウェットを交えた人間ドラマであるという点で共通している。

そもそも本作はそうした路線を継承して企画されたというのだから、当然といえば当然だろう。

また、両作ともに音楽面でも制作陣から重視されていたが、これについては後述する。

そして、何よりも特筆すべきはティーンエイジャー(一応)の女性を主人公としたことである。

しかも、初登場時の時点で18歳というのは名劇シリーズの歴代主人公の中でも最年長である。

そこから分かるように、本作のマリアは『あしなが』のジュディよりもずっと、大人としての責任と自覚を持つことを必要とされた主人公でもあるのだ。

そのため、マリアは本作において子供達の立場に立つと同時に、大人達の立場にも立たなくてはならないというジレンマに陥ることになる。

これが他の名劇作品にはない、本作の大きな特色であり、同時に魅力でもあるのだ。

《※細かいものになると、作中に死去する人物が出てこないことや(物語開始時以降の時間軸で)、マスコットとなる動物キャラが出てこないといったことも挙げられる。》

234: ポンポコ名無しさん 23:42:44 ID:FqH
トラップ一家物語は、明確に「お当番回」の概念があるな

235: ポンポコ名無しさん 23:45:55 ID:HzS
また、『あしなが』と同じく本作では「恋の問題」にも絡んでくる。

しかし、同じ恋でも両作は好対照をなしていた。

『あしなが』ではラブロマンス的な恋が描かれ、その結末として結婚シーンを迎えていた。

それに対して、本作では「家族愛」を前提としたホームドラマ的な恋が描かれており、結婚シーンはその家族の絆が完成に至るための段階として迎えたものだった。

『あしなが』と『トラップ』、両作は部分的な共通項こそあったものの、ラブロマンス志向とホームドラマ志向という明確な違いがお互いに決定的な独自性を与えるものとなった。

236: ポンポコ名無しさん 23:46:25 ID:HzS

脚本には数多くの実写ドラマに携わってきたしろやあよ氏が起用された。

楠葉氏はしろや氏にかなり頼って作ったと語るように、しろや氏が作風に与えた影響は大きい。

それはしろや氏が本作のホームドラマとしての面を際立たせているからだ。

しろや氏は元々が実在の家族であるトラップ家の実話を拾い上げつつ、オリジナルのエピソードも大幅に書き下ろしている。

しかし、このオリジナル部分もしろや氏自身や周りの人間が実際に経験してきたことをかなり参考にしてたという。

そして、主人公としてのマリアの立場を常に損なわずに子供達の個々のエピソードを描いたことで、マリアを中心とする家族としての活躍を映えさせたのだ。

それはまさに、「トラップ一家物語」というタイトルを冠するにふさわしいものとなったと言える。

237: ポンポコ名無しさん 23:47:10 ID:HzS
また、他の名劇作品には無いタイプの女のドラマを描いたことにも注目である。

上記でも触れたように、本作では大人同士の恋の問題が絡むのだが、それ以外にも初潮や妊娠といったエピソードまで描かれているのだ。

これは名劇シリーズはおろか、ゴールデン帯のアニメという括りで見ても相当に冒険をしたものと言える。

マリアの結婚エピソードもそんな女のドラマの一つであり、最終回と並んで(あるいはそれ以上に)本作のヤマ場となるところである。

しかし、その後の展開は大変惜しまれるものとなった。

それは、しろや氏と楠葉氏も語るように、終盤以降が急ぎ足の展開となり、描き足りない部分ができてしまったからだ。

そうなった理由というのが、制作当初予定していた放送話数が急遽短縮されてしまったからである。

本作のみならず、この頃から名劇シリーズでは休止に入るまでの間、終盤における急ぎ足の展開が目立つようになる。

238: ポンポコ名無しさん 23:48:28 ID:HzS
キャラデザには関修一氏が起用された。

『あしなが』に引き続く関氏の起用となるが、楠葉氏の監督作に参加したのは初めてとなった。

その影響だろうか、本作ではアクの強かった『あしなが』の時とは打って変わり、落ち着いた絵柄となっている。

それに寄与する形となったのか、衣装デザインも地味めになっている。

これについては絵本「トラップ一家物語」や映画『サウンド・オブ・ミュージック』を参考にしたと思われる形跡が見られる。

その一方、主人公マリアのデザインは楠葉氏の要望もあり、映画や史実とも異なる、関氏らしい溌剌とした絵柄で描かれた。

そんな関氏のデザインを支えるのが、作画班である。

しかし、本作の作画については未だに『ピーターパンの冒険』の一件が影響しているのか、不安定なところは残る。

しかし、『あしなが』程に著しいものではなく、少しずつ上向きの状況になっていると見てもよいだろう。

特に本作で唯一、社内スタッフの作画監督であった加藤裕美氏には注目したい。

本作で色気高い女性キャラの作画で評価を得たのだろうか、次作『ブッシュベイビー』ではキャラデザを務めるに至ったのだ。

同じく作画監督であった大城勝氏へのファンからの評価も高いものとなった。

前作『あしなが』では癖の強い作画によって物議を呼んだ大城氏だが、本作では高い作画技術を見せてくれた。

本作以降も大城氏は90年代の名劇シリーズの作画を支えており、その度に評価を得ている。

おそらく本作の作画が大城氏本来の持ち味なのであろう。

239: ポンポコ名無しさん 23:48:32 ID:FqH
ああやっぱり話数短縮あったんや
前後の年もずっと40話が続いてるからどうなんかなと思ってたけど

240: ポンポコ名無しさん 23:49:36 ID:HzS
美術監督には『あしなが』に引き続き、名劇シリーズでは2作目の登板となる森元茂氏が起用された。

森元氏は、美術設定の伊藤主計氏と並び、名劇シリーズ後期の美術を支えていくことになる重要なスタッフの1人である。

本作では制作にあたり、『小公子セディ』以来となる3年ぶりの現地ロケハンを行っている。

森元氏もそのロケハンに参加していたのだが、惜しくもそれが最初で最後のロケハンとなってしまった。

そう、名劇シリーズでは本作を最後に、BS放送として復活するまでの間、ロケハンが行われなくなったのだ。

しかし、本作ではトラップ家が実際に住んでいた屋敷やマリアのいた修道院などの取材が行われたことにより、特に建物・室内描写においてリアリティのある作りを得ることができた。

241: ポンポコ名無しさん 23:51:10 ID:HzS
『あしなが』に引き続き、本作でも音楽面には特筆すべきものがあった。

むしろ、「音楽」が物語に大きく絡む本作こそ、それを抜きにして語ることはできない。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』も意識して制作された本作では、数多くの入歌が声優らによって歌われていることに大きな特徴がある。

その歌唱力は音響監督の藤野貞義氏も感嘆する程のものであり、本作の見所の一つと言ってもよい。

作中に歌のシーンを挟むにあたり、楠葉氏は本作声優陣の何人かは歌唱力を第一条件として選んだと語っている《※》。

また、入歌の数も豊富にあり、そのほとんどが民謡や讃美歌といった既存の曲を基にしているということも特徴である。

加えて、入歌の使用回数も名劇シリーズの中では断トツに多いのだ。

既存の曲に関しては、作中で口笛や子守唄、楽器演奏がついたものであったりと、色々な形で作中に使われており、バラエティ豊かなものとなっている。

まさにオーストリアを舞台とする作品にふさわしい、音楽の豊富さである。

《※ これに関して、藤野氏はマリア役以外の声優は歌唱力を意識して選んだわけではないと語っているため、判然としない情報だ。》

242: ポンポコ名無しさん 23:52:25 ID:HzS
劇伴を支える音楽担当には風戸慎介氏を起用。

本作ではフレンチホルンとアコーディオンの音色を中心として、電気楽器の使用を極力避けるというこだわりを見せた。

風戸氏は本作オリジナルのヴォーカル曲でも作曲として携わっている。

その中でも、ED曲「両手を広げて」は伊東恵里氏の歌唱力の高さもあいまって、個人的にも強く推す秀逸な曲だ。

本作では本放送時にOP曲として「ドレミの歌」をカバーして使用された。

例の映画でも使用されたこの曲だが、元々はその映画の基となるミュージカル劇のために作られた曲である。

いずれにしても、実際のトラップ合唱団は歌うことのなかった曲だ。

しかし、本作ではそれがあまりにも有名な曲であったため、視聴者も期待しているだろうと思い使用することになったという。

ちなみに、「ドレミの歌」は版権料が高額であったため、再放送や二次媒体(映像ソフト・動画配信)では「ほほえみの魔法」という曲に差し替えられている《※》。

《※ あらかじめ差し換えを考慮して作られた曲である。
なお、一部の市販映像ソフトでは本放送版のOP映像を観ることができる。ちなみにワイは確認していないが、差し替えなしの再放送が近年あったとのことだ。》

243: ポンポコ名無しさん 23:52:45 ID:9rk
「のんきな月曜日」の小マリアパートは可愛くて悶え死にそうになります(凍え)

245: ポンポコ名無しさん 23:55:49 ID:HzS
【大草原の小さな天使 ブッシュベイビー】
舞台はケニア。野生動物保護官の娘ジャッキーはみなしごのブッシュベイビーをマーフィと名付け育てる。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (67)

放送期間:1992年1月12日~12月20日 全40話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (68)

監督:鈴木孝義
プロデューサー:松土隆二、鈴木吉弘 (CX)
脚本:宮崎晃
絵コンテ:鈴木孝義、中西伸彰、則座誠、加賀剛、楠葉宏三、斎藤博
キャラデザ:加藤裕美、 関修一
作画監督:加藤裕美、細井信宏、伊藤広治、田中穣、鷲田敏弥
音楽: 宮川彬良
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)、大橋益之助(電通)

原作者:ウィリアム・スティーブンン(イギリス→カナダ/1925-2013)
原作:「カバの国への旅」[The Bushbabies](1965)
舞台:1965~1966年 ケニア
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (69)

246: ポンポコ名無しさん 23:56:27 ID:HzS
原作はウィリアム・スティーブンソンの「The Bushbabies」。

本作では1971年に田中明子訳として出版された「カバの国への旅」を底本とする。

スティーブンソンは第二次世界大戦時にイギリス海軍のパイロットとして従軍。

その後、1950年から1964年にかけ、新聞社や放送局の海外特派員として活躍した経緯を持つ。

その間、スティーブンソンは家族とともにケニアに暮らしていた時期があり、そこでの経験を基に書かれたものが「The Bushbabies」である。

そして、これはスティーブンソンが娘のジャッキーのために書いた小説でもあった。

そのため、作中には彼女と同じ名前の主人公や、彼女の飼っていたカマウという名前のブッシュベイビーを同名のキャラとして登場させているのだ。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (70)

スティーブンソンは同書を出版した後、本格的に作家業へと入っていた。

それ以降、自身の経験を活かしたハードな内容のノンフィクションものを手掛けるようになる。

同書は彼の経歴でほぼ唯一の児童向け小説ではあったが、
アフリカの大地を舞台に緊迫の冒険劇を描いた同書には彼のジャーナリストとしての経験も活かされたことであろう。

247: ポンポコ名無しさん 23:57:33 ID:HzS
マスコット的動物キャラをほぼ毎度出してきた名劇シリーズだが《※》、それを物語のメイン会場とした作品は久しく出ていなかった。

そう、本作は「動物もの」として『あらいぐまラスカル』以来となる15年ぶりの登場を果たした作品なのだ。

そして、その舞台となるのは野生動物の王国、ケニア。

20世紀後半という現代的な時代も去ることながら、アフリカを舞台にしているというのは名作ものアニメ全体で見ても新鮮さに溢れていた。

また、動物達の生態や自然の厳しさ、密猟問題にも触れた本作は、名劇シリーズの中でもユニークな視点を持った作品なのだ。

《※ 前作『トラップ一家物語』と前々作『私のあしながおじさん』には出てこなかった。》

248: ポンポコ名無しさん 23:58:39 ID:Zss
大草原の小さな家とごっちゃになってたやつや

249: ポンポコ名無しさん 23:59:26 ID:HzS
折しも我が国では1990年代に入り、「エコ」がブームとなり始めていた。

自然保護と並び、動物愛護が叫ばれつつあった世相の中、本作は制作されたのだ。

『ピーターパンの冒険』以来、名作ものアニメの王道とは異なる挑戦的な試みが行われ続けてきた名劇シリーズだが、本作もまたその1つとであると言える。

実は本作の最初期の企画書自体は『ピーターパン』よりもずっと以前となる1982年頃に、既に作られていたのだ。
その時は、キャラクターデザインの原案を森やすじ氏が手掛けており、本作とは風合いが大きく異なるものであった。
それに、元々その企画は名劇シリーズとは別個の新作アニメとして出されていたものだったのだ。
しかし、それは実現することなく、10年の歳月を経て名劇シリーズの新作企画として改められることになったわけである。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (71)

250: ポンポコ名無しさん 00:00:13 ID:smn
監督には鈴木孝義氏が起用された。

日本アニメーション最初期より、絵コンテや演出助手としてキャリアを積んできた鈴木氏だが、本作が監督として初デビューとなった。

作風に新しさを求めて起用されたであろうことはもはや想像に難くない。

鈴木氏が起用された頃には既に準備期間もほとんどなければ、ロケハンもできないという状況であった。

その上、名劇シリーズとしても異色の舞台であったため、鈴木氏は本作が一番苦労した作品であると語っている。

251: ポンポコ名無しさん 00:03:21 ID:smn
脚本に起用された宮崎晃氏もまた、本作に苦労された一人である。

宮崎氏は本作で名劇シリーズ7度目の登板となるベテランであり、それまでの作品における氏の評価は高い。

しかし、本作に関しては宮崎氏自身が「40話が限界でした」と語るように、そのカラーが薄くなってしまったことは否めない。

そうなった理由としてまず挙げられるのは、宮崎氏が原作に難色を示したことであろう。

宮崎氏は原作を「ヒドイ内容」と評しており、人種差別的な表現が多かったために、大幅な変更やカットをすることになったというのだ。

確かに原作では人種差別的な表現は強烈である。

しかし、それがファミリー向けアニメにはふさわしくなかったのだろうか、宮崎氏の脚本では大分ソフトに仕上げられることになった。

ただ、独立直後のケニアを舞台としながら、人種間の問題に関してあまりクローズアップされなかったことに対して批判の声も少なからず見受けられる。

宮崎氏はそれまで歴史的背景を物語に絡ませるという手法をよく取っていただけあり、個人的にもわからないではない批判だ。

もちろん、そこには放送話数の短さも影響していたであろうことは考えられる。

もう一つの理由としては、宮崎氏が動物の描写を不得手としていたことだと思われる。

実際、動物の扱いが難しかったと語っており、苦慮されたそうだ。

『あらいぐまラスカル』の脚本を手掛けた時は監督が動物描写を得意としていた。

しかし、本作ではあまり頼る瀬も無かったのだろう。
監督の鈴木氏を悪く言ってるみたいになるが、そこは申し訳ない。

宮崎氏が名劇シリーズに携わるのは本作で最後となるが、その仕舞いに対する評価の声は正直あまり大きいとは言えないものとなった《※》。

《※ 赤毛同盟会誌「大草原の小さな天使ブッシュベイビー」によると、制作後の打ち上げパーティで宮崎氏は「『ブッシュ』は失敗作でした」と語っていたとのこと。》

252: ポンポコ名無しさん 00:06:02 ID:smn
本作の物語は前半の日常パートと後半の旅パートから構成される。

日常パートはオリジナルの展開となっており、原作にはなかったマーフィ(原作では「カマウ」)との出会いが描かれている。

また、そこでは密猟問題について取り上げており、物語後半へ繋ぐ鍵として密猟者の存在が強調されている。

そして、原作に沿って描かれた旅パートこそが本作最大の見所と言ってもよいだろう。

自然の猛威に曝され続け、密猟者や警察、果ては軍隊から先住民にまで追われることになるという危険な旅をすることになるのだ。

このうち、密猟者に関してはアニメオリジナルである。

しかし、日常パートで既に伏線を張っているだけあって、その存在は原作以上に旅を緊張感に満ちたものへとさせてくれる。

また、話数の短さが逆に幸いしてか、小気味良いテンポとなっていることも評価点として取れなくはない。

もちろん、これは本作を旅ものとして見た場合である。

名作ものや動物ものを期待して見ると、本作には物足りなさを感じてしまうだろう。

原作の時点で既にそうであっため、ある程度は致し方ないとも言える。

ただ、名劇ファンの間で本作への評価が低いように思われる理由には、そうした作風の中途半端さがあったのだろう。

本作では前半と後半とで、メインとなるキャラや舞台が大きく変わってしまう。

そのため、全編を通して登場人物の扱いに不足感があったことは否めないのだ。

253: ポンポコ名無しさん 00:07:51 ID:smn

本作にはそうしたキャラクターの描写不足を象徴するキャラが登場した。

そう、アニメオリジナルキャラであるミッキーという少年だ。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (72)

日常パートではガキ大将風の少年で済むくらいの、愉快とさえ思えるキャラだった。
(この時点でも邪魔者であったと評する人はいるが)

しかし、後半の旅パートにおける彼の扱いは難色を示しざるを得ないものがあった。

彼はジャッキーの旅に半ば強引な形で加わり、旅の間わ仲間を引っ掻き回すだけ引っ掻き回す。

そして、ケガを負ったことを理由に強制的に旅から途中退場させられるのだ。

一応、彼はジャッキーが旅をすることになった大元の原因に絡んでおり、それに関して重大な告白をするために物語終盤において彼の存在はどうしても必要になる。

そして、旅の中で彼はマーフィに対して心情の変化を見せており、本作の「動物もの」らしい一面を伺わせてくれる。

その点については彼の存在をせめてもの擁護として、肯定的に捉えることはできよう。

また、引っ掻き回し役として登場したのも、物語の幅を広げるために最初から意図されたものだったのだ。

しかし、その強引な登場と退場や、引っ掻き回し役なりに反省や活躍をしたりする描写がほとんど無かったことから、彼の存在は負の側面ばかりが目立ってしまったと言える。

宮崎氏によれば、ミッキーを旅パートに再登場させたのは、CXのプロデューサーから要請があったためだと言う。

宮崎氏曰く、「強引な展開」だったとのことだ。

254: ポンポコ名無しさん 00:10:53 ID:smn
キャラデザには加藤裕美氏と関修一氏が起用された。

加藤氏は本作がキャラデザ初デビューであり、一方で作画監督としても起用されている。

そのため、加藤氏1人で全てのキャラを手掛けるのは大変であるということから、関氏とは共同でキャラデザを担当することになった。

本作では加藤氏がジャッキーとマーフィを、関氏がそれ以外の人物キャラを手掛けている。

ここで注目すべきはやはり新鋭の加藤氏であろう。

前年作『トラップ一家物語』では作画監督として頭角を現し、女性キャラの作画において妙々たる色気を見せてくれた。

本作のジャッキーはそんな特徴を大きく受け継いだデザインと言え、作中の演出とあいまって名劇シリーズでも指折りの色気高さを持つ主人公として人気があるようだ。

また、サファリルックや水着姿などのコスチュームも全て加藤氏が手掛けており、その多様さにおいても本作の見所の1つだと言える。

加藤氏はキャラデザや作画監督としてその後、名劇シリーズとはかなり毛色の異なる作品に携わることになる。

しかし、本作では流行の少女アニメ的なエッセンスが加えられつつ、従来の名劇シリーズの絵柄もしっかり踏襲している。

その上、作風に沿って躍動感も与えられた絵柄でもあるため、関氏のキャラとも遜色ない仕上がりとなった。

255: ポンポコ名無しさん 00:12:13 ID:smn
実は本作にはもう一人のキャラデザがいた。

それはED映像で「動物キャラクター画」としてクレジットされている譚小勇氏である。

中国出身の譚氏は日本で活躍する以前、風景画や漫画、絵本などの画家として中国において高い評価を受けていた。

そして、日本アニメーションに在籍し、最初に携わったアニメ作品が本作なのだ《※》。

譚氏は元々動物画も得意としていたことから、プロの画家による野生動物の描写には迫力感を得るものがあった。

『ブッシュ』はロケハンが行われずに作品舞台が設計されてしまった作品ではあったが、譚氏の動物画は本作に欠かせない“アフリカ色”を出すことに大きく寄与した。

《※ 1993年から2013年まで在籍。
名劇関連の公式アート等を数多く手掛ける。
また、『若草物語ナンとジョー先生』のED背景や『七つの海のティコ』のLD・DVDジャケット画を手掛けたのも
譚氏である。》

256: ポンポコ名無しさん 00:14:05 ID:smn
【若草物語 ナンとジョー先生】
ボストン郊外のプラムフィールド学園。 おてんばな少女ナン、ジョー先生と周囲の人々の交流を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (73)

放送期間:1993年1月11日~2月19日 全40話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
提供:ハウス食品工業→ハウス食品(33話以降)、チョーヤ梅酒(途中降板)→ECCジュニア
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (74)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:中島順三、鈴木吉弘 (CX)
脚本:島田満
絵コンテ:楠葉宏三、則座誠、片渕須直、加賀剛、中西伸彰、酒井伸次、高木淳
キャラデザ:佐藤好春
作画監督:佐藤好春、鷲田敏弥、田中穣、高野登、松本清、井上鋭
音楽:デービッド・シービルズ
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)

原作者:ルイザ・メイ・オルコット(アメリカ/1832-1888)
原作:「第三若草物語」[Little Men](1871)
舞台:1882~1883年 アメリカ
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (75)

257: ポンポコ名無しさん 00:16:00 ID:smn
原作はルイザ・メイ・オルコットの「第三若草物語」。

『愛の若草物語』の原作である「若草物語」を第一作とする、全四作ある若草物語シリーズの第三作目となる作品だ。

1870年、ルイザはヨーロッパ旅行中に姉アンナの夫である義兄ジョン・プラットの訃報を受ける。

そして、遺されたアンナとその子供達のため、生活の一助になることを願い執筆されたのが「第三若草物語」である。

ルイザはこの物語に、父エーモス・ブロンソン・オルコットが追い求め続けてきた理想の学校を作るという夢を完成させた。

それは作中においてプラムフィールドのベア学園という形で現れ、その学舎もかつてルイザが家族と共に過ごしたことのある家をモデルとしている。

そんなプラムフィールドでは、ジョー先生とベア先生による夫妻のもと、少年少女達が学び暮らしていた。

そこでは、ルイザはジョー先生を自身の理想として、そして、自身の少女時代を子供達の中に投影したことを思わせる物語となった。

そう、この作品には半自伝的要素と理想を絡め、ルイザの抱いていた自身や周囲への様々な思いが詰まっていたのである。

また、生前のジョン・プラットの姿を作中の登場人物であるジョン・ブルックに投影し、彼に哀悼を捧げる作品でもあったのだ。

258: ポンポコ名無しさん 00:17:40 ID:smn
『愛の若草物語』と同じ原作者による作品として、6年越しの登場となった本作。

名劇シリーズでは『ピーターパンの冒険』以来、作風や舞台設定といった点において挑戦的とも言える作品が立て続けに制作されていた。

しかし、本作の登場により、旧来の名劇シリーズの風合いを残す、オーソドックスな路線の物語が久しく観られることとなった。

本作は『愛若』の続編としてよく触れ込まれるが、実質的にはそれに準ずる形と言った方がよい。

『ナンジョー』は最初から「一つの優れた家庭小説的作品」として企画された作品であり、制作側も全く別物の作品というスタンスで作っていたからである。

もちろん、続編ということを全く意識していなかった訳でもない。

それは『愛若』から続投しているキャラクターらの容姿や声優陣を見ても分かることだろう。

しかし、本作と『愛若』の間には大小いくつかの設定の違いや矛盾も見られ、あくまでお互いに独立した作品であることを物語っている。

そもそも原作の時点でお互いに風合いが大きく異なる内容なので、当然と言えば当然である。

259: ポンポコ名無しさん 00:18:59 ID:smn
監督には楠葉宏三氏が起用された。

名劇シリーズで監督を務めるのはこれで5作目となる楠葉氏が、既にウェットな演出家としての評価を確かなものとしていた。

その中でも、前回の監督作『トラップ一家物語』では特にウェットな傾向が強かった。

その要因としては、ホームドラマ色の濃い内容の上、一話完結のエピソードが多く見られたことが挙げられる。

そのため、ヤマ場となる回以外でもウェットな演出が目立っていたのだ。

ウェットという点において、本作はそんな『トラップ』の作風と似通っていた。

本作の物語はいわゆる「学園もの」として捉えることができる。しかし、一つ屋根の下で暮らす子供たちの生活を描いているという点では『トラップ』と共通しており、本作にはホームドラマ的な側面もあるのだ。

また、原作には物語として一貫した流れがなく、それが本作において一話あるいは二話完結のエピソードとして反映されている。

そのため、本作でも『トラップ』同様にウェットな演出が回数的に目立ち、悪く言えば「クサイ」とさえ評せる程に堅実な仕上がりとなった。

その一方で、楠葉氏は本作において、それまでとは異なった演出方法を試みたという。

本作では13人の子供達が登場しており、名劇シリーズの中でも常に出番となるキャラクターの数が多い。

楠葉氏はそんな子供達をただ出ているだけの存在にしたくないと思い、キャラクターひとりひとりの性格を脚色した演出を行ったのだ《※》。

しかし、各キャラクターの魅力を詰め込もうにも、全40話程度では描ききることができなかった。

そのことを楠葉氏は反省点に持っているとして語っている。

《※ 機関車に飛び乗るナン、屋根から空中一回転しながら飛び降りるダンのシーンなど。また、何か出来事が起こるごとに、それに対しての子供達の反応を描くということも意図していたようだ。》

260: ポンポコ名無しさん 00:21:13 ID:smn
脚本には島田満氏が起用された。

『ピーターパン』に続く2度目の名劇シリーズ登板となるが、本作では作品方針に関わる重要なスタッフの一人となっている。

本作は準備期間に比較的恵まれていたため、島田氏は早々にシリーズ構成に入ることができたという。

しかし、初めてTVアニメの全話脚本を手掛けることになる島田氏は大変苦労したと語っている。

上述したように原作には物語として一貫した流れがなかった。

そのため、季節に関わるエピソードに配慮しながら、全体の構成を組み立て直す必要があったのだ。

また、楠葉氏はキャラクターの性格づけを島田氏に任せていたこともあり、その書き分けにも苦心していたものだと思われる。

特に本作の主人公であるナンの扱いに関しては苦労したということをはっきりと語っている。

なぜならば、原作ではナンというキャラクターはそもそも主人公ではないからだ。

ナンは子供達の中でもサブ中のサブと言ってもいい扱いであり、スポットが当たるのは基本的にナットとダンである。

しかし、本作ではアニメ化が決まった後、早い段階でナンを主人公に抜擢することが決定していた《※》。

島田氏が制作に参加したのはその後のことであったため、最初から難しい条件を突き付けられる形となったのだ。

このようにして苦労の末に脚本を全てやり遂げた島田氏だが、やはりキャラクター描写に不足があったとして、楠葉氏同様にその成果を惜しんでいる。

《 ※ 原作ではナンがプラムフィールドにやってくるタイミングがナットと逆転しており、ナットが主人公に近い立場となっていた。
そのため、本作プロデューサーの中島順三氏も彼をアニメ版の主人公にしてもいいかなと考えていたとのこと。
ナンが主人公に抜擢されたのは、ひとえに女の子主人公が優遇されるという名劇シリーズの伝統と、キャラクターとしての動かし易さがあったからだろう。
また、原作でも触れられるように、少女時代のジョー先生とは似た者同士だということも大きな理由だと思われる。
その設定を活かし、物語に幅を広げられるからだ。》

261: ポンポコ名無しさん 00:24:44 ID:smn
キャラデザには佐藤好春氏が起用された。

楠葉氏とのコンビは『愛少女ポリアンナ物語』以来となる。

本作が「名劇らしい」と云われるゆえんには、佐藤氏の手掛けるデザインも大きく貢献していたことだろう。

名劇シリーズではここしばらく、作風に伴う形としてキャラデザ面においても挑戦的な試みが見られた。

しかし、本作は『愛若』以来となる東映系《※》の色味を帯びたデザインとなり、落ち着いた柔和な印象を受けるものとなった。

《※ 佐藤氏は東映動画自体には研修を受けた程度の縁しかない。
しかし、東映系アニメーターの指導を受けたことのある近藤喜文氏からは大きな影響を受けている。また、ジブリの絵柄も東映系の流れを汲んでいたため、佐藤氏の絵柄はジブリ時代を通じ、更に洗練されていったと言える。
ちなみに、近藤氏自身も東映には直接的な縁はなく、アニメーターとしての出発点となったのはAプロダクション(後のシンエイ動画)である。
しかし、このAプロもその草創期には東映系アニメーターを中心とした東映人脈が深く根を張っていた。
高畑勲氏や宮崎駿氏、小田部羊一氏らも東映からAプロに移籍してきた東映人脈の面々である。》

262: ポンポコ名無しさん 00:26:10 ID:smn
特に本作の場合、その絵柄は「ジブリっぽい」と言った方が分かりやすいだろう。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (76)

実際、佐藤氏は本作に携わるまでの5年間、スタジオジブリに作画監督・原画として参加していた。

そのきっかけとなったのが、1987年に『となりのトトロ』の作画監督に推薦されたことである。

その際、日本アニメーションを辞めていたのだが、本作の仕事を受けたことを機に、再度復帰を果たしたのだ。

その間、佐藤氏は近藤喜文氏や宮崎駿氏の教えのもとで、ジブリの技術を吸収し学んでいった。

そして、その技術をストレートに出したと語るのが本作である。

しかし、本人には消化不良なところもあったようであり、キャラクターのデザインにあたって性格設定よりも描きやすさを優先していたと語っている。

それでも、端から見れば充分に個性的な面々であるため、ワイ的には大いに好みだ。

ナンのデザインが『魔女の宅急便』のキキに似ているという指摘を受けたりもしたが、それもご愛嬌。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (77)

メインの作画監督にも佐藤氏は起用されている。

かねてから名劇シリーズの作画監督を務めていた佐藤氏は、その作画の修正力に定評があった。

そして、ジブリで培った経験をものにして、本作でも再び作画監督を任されたのだ。

名劇シリーズでは『ピーターパンの冒険』制作後の作画陣の弱体化によってか、それ以降しばらくは作画の乱れが見られる作品が続いた。

しかし、本作では作画が比較的安定していたため、それが本作の絵的な評価を支える大きなポイントとなっている。

263: ポンポコ名無しさん 00:27:31 ID:smn
【七つの海のティコ】
舞台は七つの海。ヒカリクジラの謎を追う父や仲間たちと共に、 シャチのティコと心を通わせるナナミの旅を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (79)

放送期間:1994年1月16日~12月18日 全39話(31話は本放送時未放送)
冠枠:ハウス食品世界名作劇場(9話まで)→世界名作劇場
提供:ハウス食品(9話まで)→ハウス食品、NTT他
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (80)

監督:高木淳
プロデューサー:余語昭夫、鈴木吉弘 (CX)
脚本:三井秀樹(メイン)、松井亜弥(メイン)、 青山紀之 、池田眞美子、登戸徹
絵コンテ:高木淳、片渕須直、鈴木輪流郎、楠葉宏三、稲垣卓也、辻伸一、知吹愛矢、加賀ツヨシ
キャラデザ:森川聡子
作画監督:佐藤好春、大城勝、井上鋭、五月女浩一郎、入好さとる
音楽:美和響
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)

原案:広尾明(日本/1958-)
舞台:推定1993~1994年 世界
《公式サイト掲載のナナミの生年月日から逆算》
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (81)

264: ポンポコ名無しさん 00:28:47 ID:smn
名劇シリーズ20周年目を記念して制作された本作。

そして、アニメオリジナル作品という大胆な試みが行われ、「名作」とは何かという、疑問の一石を投じた名劇シリーズ随一の異色作。

しかし、オリジナルの「名作ものアニメ」というのは本作が初というわけではない。

名劇シリーズにおいても過去にオリジナル同然といってもよい作品はいくつもあった。

そう、オリジナルであること以上にその内容が本作を異色たらしめているのだ

本作は現代を舞台とする海洋冒険ものであり、その中に勧善懲悪、アクション、SFといった要素を孕んでいるのだ

元々そういった刺激的なアニメ作品に対するアンチテーゼという形で70年代に台頭した「名作ものアニメ」の経緯を踏まえると、その異色さがよく分かるだろう。

265: ポンポコ名無しさん 00:30:33 ID:smn
こうした型破りな本作が物議を醸したことは言うまでもない。

その度合いは形式的には名作文学を原作としていた『ピーターパンの冒険』をも上回る程遠いだ。

未だ賛否の分かれる作品ではあるが、放映当時は林原めぐみ氏や水谷優子氏といった人気声優が起用されたことも背景にあってか、名劇ファン以上にアニメファン自体からの支持は得ていたとされる。

また、関連グッズや書籍などが多く出され、名劇シリーズには久しく見られなかった盛況を見せたという。

特にアニメージュの表紙《※》を二度飾り、LD化もされたことは輝かしい功績だ。

アニメ「世界名作劇場」シリーズ (5)

《※ 94年の2月号と7月号に掲載。 以前にも『ポリアンナ』が86年5月号、『ナンジョー』が94年1月号の表紙を飾ったことがある。
名劇作品は他にもアニメックやアニメディアで表紙を飾ったことがある。》

266: ポンポコ名無しさん 00:31:31 ID:smn
ここで気になるのは、なぜ本作が制作されるようになったかということだ。

これについて、「世界名作劇場大全」ではCXがオリジナルをしつこく迫っていたと記載されている。

これをソースとしてか、ネット上ではCX側に一方的な事情があるかのように説明をする人がかなり見受けられる。

ワイの知る限りでは、その本以外ではそのような記述は確認できない。

何度も触れた通り、ワイは「世界名作劇場大全」の信憑性については疑念視している。

なので、ここでは第三者による記事ではなく制作スタッフのコメントが記載されている方々の記事を参考にして説明したい。

269: ポンポコ名無しさん 00:37:29 ID:smn
まず、従来の名作ものアニメには、主人公と家庭のつながりを物語のモチーフとした作品作りに特徴があった。

本作プロデューサーの余語昭夫氏によれば、そうした路線の作品作りは前作『ナンとジョー先生』で一通りの完結したという。

そこで、改めて新しい流れを作り出す必要を考えたのである。

そこで、制作内から海洋冒険ものを作りたいという意見が挙がってきたのだ。

企画の佐藤昭司氏によれば、この時点では「十五少年漂流記」《※》や「海底2万里」が企画候補として挙がっていたという。

しかし、これといったものが無かったため、オリジナル路線へと踏み切ることになったのだ。

もちろん、この大胆な方針転換に戸惑いはあったようだ。
しかし、過去に放映されたオリジナル同然の作品が結果的に視聴者に受け入れられたという事実がある。

また、20年続いてきた名劇シリーズが視聴者から信頼を得てるという自負もあった。

これらのことが自信となり、本作の制作に至ったのだと余語氏は語るのだ。

《※「十五少年漂流記」は日本アニメーション制作で1987年『瞳の中の少年 十五少年漂流記』としてTVスペシャルアニメとして放映された。監督は『フランダース』
・『フローネ』・『ピーターパン』を手掛けた黒田昌郎氏である。》

270: ポンポコ名無しさん 00:38:47 ID:smn
さて、その肝心のオリジナル作品の内容をどうするかが、日本アニメーションとCXとの間で検討された。

本作原案の広尾明氏によると、ちょうどその時期に、友人であるCX側企画担当の清水賢治氏と機会あって西麻布で飲むことになった。

その時はじめて、広尾氏は清水氏からオリジナルの名劇作品をやるという話を聞かされたのだ。

そこで、広尾氏は以前から作りたいと思っていたシャチが題材の物語を提案し、清水氏と意気投合したという。

そして、二人の話し合いによって飲み明かしながら構想されていったのが本作の物語なのだ。

後日、広尾氏はそれを企画書としてまとめ、日アニへ持ち込みに行った。

この企画書が制作側の要望と合致したことにより、ついに本作の制作へと至ったのである。

先述した通り、制作にあたって広尾氏は本作の原案(シリーズ構成職に相当)として起用された。

監督として高木淳氏が起用されたのは、全体的な物語構成ができつつあった比較的遅い段階であった。

初監督作『南国少年パプワくん』で癖の強かった原作を手堅く映像化したことが評価されたのだろうか、高木氏にとっては本作でも挑戦的ともいえるお題を抱える形となった。

271: ポンポコ名無しさん 00:40:36 ID:smn
ここまで本作の異色さについて説明したが、もちろん「世界名作劇場」を冠する手前があることも忘れてはならない。

作中では至るところに「親子」が登場し、親子にクローズアップした話が多い。

そして、これまた物議を醸すことになった最終回に至っても、実はかなり広い範囲で「親子」というものを、意図的に暗に触れているのだ。

この「親子」というテーマこそが、アクション一色に染まらないドラマを見せ、冒険活劇ながらマイルドな魅力を与えてくれるのだ。

また、森川聡子氏によるキャラデザもそのマイルドさに寄与している。

森川氏の線の少ないシンプルなデザインは、アクションとしても動かしやすく、従来の名劇シリーズの雰囲気を損なうことがないからだ。

272: ポンポコ名無しさん 00:42:51 ID:smn
【ロミオの青い空】
煙突掃除夫として自らを売ったロミオ。親友アルフレドや煙突掃除の少年らと出会い、友情を通じて成長していく姿を描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (83)

放送期間:1995年1月15日~12月17日 全33話
冠枠:世界名作劇場
提供:ハウス食品、NTT
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (84)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:余語昭夫、鈴木吉弘(CX)、鈴木専哉(CX)
脚本:島田満
絵コンテ:楠葉宏三、宮下新平、岩本保雄、松川智充、佐々木和宏、有原誠治、横田和善
キャラデザ:佐藤好春
作画監督:佐藤好春、大城勝(補佐)、井上鋭(補佐)、アベ正己(外部)、北崎正浩(外部)
音楽:若草恵
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)

原作者:リザ・テツナー(ドイツ/1894-1963)
原作:「黒い兄弟」[Die Schwarzen Bruder](1941 )
舞台:1870年代 スイス→イタリア
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (85)

273: ポンポコ名無しさん 00:45:09 ID:smn
名劇シリーズ後期作の中でも指折りの人気作である本作。

原作は名劇シリーズの中でも特に暗鬱としたものだったが、本作ではそこから大幅な脚色が施された。

原作の風合いは残しつつ、少年の友情物語としての面を前面に押し出されたのだ。

どこか少年向けアニメ的なノリを見せた展開に男性視聴者からの支持を得たが、それ以上に反響が大きかったのは女性視聴者からだろう。

その中には今で言う腐女子や、ショタコンと呼ばれる層が相当数いたものとされ、名劇シリーズでは異例な程に二次創作を賑わせた作品である。

274: ポンポコ名無しさん 00:46:27 ID:smn
特に若年層からの支持が高く、往年の名劇シリーズをあまり観たことない人からも本作を推す声は大きい。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (86)

事実、尺の短い作品が比較的好まれやすい昨今のアニメファンの状況から察するに、本作は名劇シリーズを見たことない人に薦めやすい作品でもある。

名劇シリーズ後半期の特徴となる演出が全33話という尺の中に凝縮された、テンポの良さが売りだからだ。

こうした反響の大きさに、制作側としては冥利に尽きたののではないのかと想像できる。

その中でも、本作への思い入れが強かった企画担当の佐藤昭司氏は特にそうであろう。

実は本作は最初の企画書が80年代初頭に作られており、その後も何度か企画案としてあがっていた作品なのだ。

その際の、生前の森やすじ氏が手掛けたストーリーボードも残されたままになった。

275: ポンポコ名無しさん 00:47:29 ID:smn
名劇シリーズでは80年代中盤よりメジャーの原作や明るい作風が求められるようになっていた。

それを背景として、そのどちらにも沿わない本作企画の実現までには長い年月を要していった。

その間、佐藤氏や歴代のプロデューサーによって企画が推進された。

そして1994年、CXや電通に猛プッシュをかけた末に翌年の新作シリーズとして採用されたのだ。

制作にあたり、佐藤氏は楠葉氏に監督をやるように言いつかった。脚本として島田満氏が選ばれたのも佐藤氏の意向だそうだ。

制作側が企画を押しきった作品だけあってか、名劇シリーズの原点を意識した作品作りが行われた。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (87)
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (88)

276: ポンポコ名無しさん 00:47:32 ID:ENj
ロミオ90年代やったんやな

277: ポンポコ名無しさん 00:49:43 ID:smn
その中でも、特に注目したいのはキャラデザ兼作画監督として佐藤好春氏が起用されたことだ。

名劇シリーズのキャラデザはその基礎を東映動画出身のアニメーターらによって築かれた。

その立役者の一人であったのが森やすじ氏であり、佐藤氏は彼から教えを受けていた。

同じく東映系アニメーターのデザインを受け継いだスタジオジブリにも在籍した経緯もあり、佐藤氏は東映系の絵柄を間接的ながら受け継いだアニメーターでもあったのだ

名劇シリーズのキャラデザはその基礎を東映動画出身のアニメーターによって築かれている。

佐藤氏はそのアニメーターの一人であった森やすじ氏から教えを受けており、スタジオジブリにも在籍した経緯もある。

つまり、佐藤氏は東映系の絵柄を受け継いだアニメーターでもあるのだ。

そして、本作は佐藤氏の色がよりよく出ている。

自身も、四苦八苦していた『愛少女ポリアンナ物語』、描きやすさを優先していた『ナンとジョー先生』の頃と違い、本格的にキャラデザとして取り組んでいたと語っている。

作監としては、作画を外注した2回を除き、ほぼ全編を担当している。

社内作監である大城勝氏と井上鋭氏は佐藤氏のアシストに回っており、この頃には『ピーターパンの冒険』で疲弊した作画陣も回復していた。

『ナンジョー』の経験を経た手馴れもあり、整った環境で作画作業が進められていたのだ。

278: ポンポコ名無しさん 00:51:08 ID:smn
企画の佐藤氏に、アニメーターの佐藤氏、そして、監督の楠葉氏と脚本の島田氏にとっても本作は思い入れあるものとして語っている。

こうした制作側の強い思いの一方で、本作では下降し続ける視聴率低迷によって苦境に立たされた作品でもあった。

本作から次作以降『名犬ラッシー』 ・『家なき子レミ』にかけ、更に下降線をたどり、ついに1997年に名劇シリーズは休止に追い込まれることになる。

その勢いは1982~84年の『南の虹のルーシー』・『わたしのアンネット』・『牧場の少女カトリ』を思わせるもので、本作の平均視聴率は打ち切り騒動のあった『カトリ』すら下回る結果となった。

まさに名劇シリーズ第二次低迷期とも言える状態に突入したのだ。

そのため、本作は企画当初全40話構想であったが、最終的には全33話に至っている。

しかも、それまで制作本数がギリギリになるまで決まらなかったため、プロットを何パターンか用意しておくといった苦労を強いられたのだ。

この影響により、本編でも後半のテンポが妙に早くなるといった形で跡を残すこととなった。

こうした視聴率低迷を背景として、CXが特番を立て続けに挟み入れた結果、本作の放送休止回は名劇シリーズで断トツ最多となる16回を記録することとなった。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (89)

特にその年の11月はワールドカップバレーボール日本大会の特番により、丸一ヶ月の休止となってしまったのだ。

この影響により、放送スケジュールにも調整が迫られてしまい、翌月放送の第31話と第32話は一話完結エピソードとして急遽制作された。

279: ポンポコ名無しさん 00:53:25 ID:smn
名劇シリーズではよくあることだが、本作の物語は原作とは大きく異なった展開を見せている。

しかし、展開こそ違えど本作の物語は原作者の意図する問題提起を反映させるように構築されているのだ。

その問題というのが「児童虐待」である。

その提起を起こすにあたり、楠葉氏はまず時代設定を変えた。

原作は1838年のミラノを舞台とする内容であったが、本作では1870年代に時代を進ませたのだ。

これは1877年にイタリアの児童保護法《※1》みたいなのができたことを背景に、原作者の意図する問題を提起するにはその年代がいいだろうという理由によるものだ《※2》。

そこには、原作ではあまりにも暗鬱としたもの《※3》であったため、主人公に希望や可能性を抱かせようという意図も伺える。

そもそも、本作が友情物語として押し出されているのも、原作が暗すぎることが理由にあるため。

楠葉氏はその友情物語を通じて、児童虐待という問題提起を図ったのだ。

この考えは楠葉氏が以前に監督していた『わたしのアンネット』の経験に倣ったものである。

こうした原作のメッセージを強調するため、本作ではナレーションとして池田昌子氏が起用されている。

名劇シリーズでは久しいナレーション(※4)ということでも印象的だが、池田氏による本作のメッセージを伝えた最終回の絞めの語りは特に印象深いものとなった。

《※1 「コッピーノ法」のことかと思われる。
義務教育の徹底化を図るため、当時のアゴスティーノ・デプレティス首相による学校改革の一環として施行されたものだ。》

《※2 楠葉氏はそう語るが、個人的には他の理由もあったのではと疑ってしまう。
それは1838年がイタリア統一前の時代であったからだ。
この当時のミラノはオーストリア帝国を宗主とするロンバルド=ヴェネト王国に属していた時期であった。
そのため、原作の年代を採用すると設定がややこしくなるように思えてしまう。》

《※3 原作の主人公ジョルジョ(本作での「ロミオ」)は本作とは対称的に基本的に“受け身”のキャラ。
そのため、彼に対する暴力描写がきつい。》

《※4 『ナンとジョー先生』(1993)序盤のOP導入部に入れられたものを除けば、『愛の若草物語』(1987)の佐久間レイ氏(エイミー役)以来となる。
ナレーションを入れることも『アンネット』に倣ったものだろうか。》

280: ポンポコ名無しさん 00:55:00 ID:smn
【名犬ラッシー】
ヨークシャー地方の炭坑の村グリノールブリッジ。少年ジョンとコリー犬のラッシーの日常と一時の別れを描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (90)

放送期間:1996年1月14日~8月18日 全26話(26話は本放送時未放送)
冠枠:世界名作劇場
提供:ハウス食品、NTT他
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (91)

監督:片渕須直
プロデューサー:余語昭夫、鈴木吉弘(CX)、鈴木専哉(CX)
脚本:松井亜弥、三井秀樹
絵コンテ:片渕須直(メイン)、青山弘、ワタナベシンイチ、小林孝志、寺東克己、神谷純、飯島正勝、中西伸、紅優
キャラデザ:森川聡子
作画監督:佐藤好春、井上鋭、大城勝、森川聡子、森中正春、平松禎史
音楽:笹治正徳
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)

原作者:エリク・ナイト(イギリス/1897-1943)
原作:「名犬ラッシー」[Lassie Come-Home](1940)
舞台:1930年代半ば イギリス
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (92)

282: ポンポコ名無しさん 00:56:14 ID:smn
宮崎駿氏の直弟子である片渕須直氏による初監督作品《>>>1》。

片渕氏は『ナンとジョー先生』や『七つの海のティコ』でメインの絵コンテとして携わった一人である。

特に『ティコ』においては航空機への造詣からメカ設定としても携わっていた経歴を持つ。

『ティコ』と同じくキャラデザには森川聡子氏が起用され、松井亜弥氏と三井秀樹氏らも再び脚本として迎えられた《>>>2》。

《>>>1 厳密には片渕氏には以前にも監督として携わった作品がある。
1986年制作の日米合作によるアメリカのTVスペシャルアニメ『The Blinkins: The Bear and the Blizzard』という作品なのだが、途中降板してしまったのだ。
ちなみに、『魔女の宅急便』にも当初監督として据えられる予定であった。》

《>>>2 松井亜弥氏と三井秀樹氏らは共に夫妻である。
夫妻揃って同じ作品の脚本に起用されることはあまりなく、『ティコ』が初めての共作となった。
また、全話脚本が夫妻のみで構成されているのは本作以外では同じく日アニ制作の『ドキドキ伝説 魔法陣グルグル』のみである。》

283: ポンポコ名無しさん 00:58:07 ID:smn

前作『ロミオの青い空』とは打って変わり、全体的にほのぼのとした印象の強い本作。

作中では誰一人として死人が出ることはなく、メインキャラにおいては身内の誰々が既に亡くなっているということすら言及されることはないのだ《※》。

終盤こそ炭坑閉山の危機という経済的な災難は訪れるものの、従来の作品ほどの悲惨さはない。

1930年代という不穏な時代を舞台としており、原作ではどこか寂れた印象が強いのだが、本作は至って平和だ。

作風の明るさには『ナンジョー』を彷彿とさせるものはあるが、 ほのぼの度は名劇シリーズ随一と言ってもよいだろう。

また、名劇シリーズ最初期の作品を彷彿とさせる森川氏による低頭身で丸みのあるキャラデザも本作の作風に大きく寄与している。

《※ 第19話に登場するゲストキャラのクリスという少女が本作で唯一、故人について言及している。
ちなみに、作中に死人が出ないという点のみは『私のあしながおじさん』や『トラップ一家物語』も同じである。》

284: ポンポコ名無しさん 00:59:54 ID:smn
こうした独特の和やかさこそが本作の持つ最大の魅力だと言える。

どこかドライな印象を持つ原作とは対称的に、本作は人情味のあるオリジナリティ溢れる物語として仕上がっているのだ。

このような作風に至った背景には、CX編成部の「名劇をファミリーものに戻す」という意向があったためだという。

制作にあたり、本作ではアメリカ制作の『わが谷は緑なりき』《※》という炭鉱街を舞台としたヒューマン映画を参考とした。

これには片渕氏が監督に起用された時点で残り2か月の準備期間しか残っておらず、十分な参考資料が不足していたというのが理由にあった。

しかし、その映画は片渕氏の心象に残っていた作品のようで、その影響を受けたのだろうか、本作はどこか郷愁すら感じさせるものとなった。

舞台描写にあたっては、その映画と共に『小公女セーラ』の際にロケハンで訪れたヨークシャー地方のハワースという村の資料も参考にされた。

《※ 1941年制作。ウェールズ地方にある炭坑の町を舞台とした人間ドラマ。年老いた主人公が少年時代を回想する形で物語を展開していく。)

285: ポンポコ名無しさん 01:01:27 ID:smn
名劇シリーズの中でも原作の知名度がかなり高い本作。

だが、実は「名作ものアニメ』としては今までどの制作会社にも手をつけられることがなかった。

その背景には、「名犬ラッシー」というのは権利関係が煩雑としていることが理由にあるものと思われる。

実際に本作でも、そのライセンス取得には大変な思いをしたとのことを企画の佐藤昭司氏は語っているのだ。

また、「名犬ラッシー」は名劇シリーズでは以前から企画候補として何度も挙がったことのある作品だという。

そこにはやっとの思いでアニメ化にこぎつけたということが伺い知れるものだ。

しかしながら、その苦労は結果的に報われたとは言いがたいものとなってしまった。

なぜならば、本作は視聴率低迷を背景に、名劇シリーズで唯一の打ちきり作品となってしまったからだ。

286: ポンポコ名無しさん 01:02:13 ID:smn
当初、本作は全39話の3クール放送を想定していた。

その最終パートにて、原作内容のメインとなるラッシ ーの旅路を描くはずだった。

しかし、それは終盤たったの2話にまとめられてしまったのだ《>>1》。

その名残として、本作OP映像には本来予定されていた旅パートの構想シーンが描かれている。

また、ラッシーの旅路直後の最終回では野球中継のために本放送時未放映となってしまっている。

一応、これについては制作側で予め想定して制作したものだった。

後に再放送された時のことも念頭に置き、2クール満了になるよう本数を調整したものだった。

しかし、視聴者からすれば不遇な最後であったとしか目に写らなかった。

片渕氏の談によると、CXのお偉いさんがかなりキレてしまい、打ち切りというのもかなり早期の段階で決まっていたとのこと。

CXはかねがね日曜ゴールデンにバラエティ番組を回したがっていたようなのだ《※》。

元々「名劇をファミリーものに戻す」というCX編成部の意向があって、本作の企画が立ち上がったようなものであるため、あまりにもやるせない顛末である。

《※ それが理由なのか、1998~99年にかけて同放送枠で『トロイの木馬』というバラエティ番組が放送されている。
名劇シリーズの後釜となるアニメ『中華一番!』が終えた後のことである。》

287: ポンポコ名無しさん 01:03:19 ID:smn
本作を肯定的に評価するならば、先述した通り独特の和やかさを持った日常描写に尽きるだろう。

そうしたオリジナリティ溢れる作風なだけに、最後があまりにも惜しかったと言える作品だ。

また、途中から佐藤好春氏が作監のローテーションから外れてしまったことも惜しまれる。

その影響により、以降の一部の回では作画を外注に出すことになったのだ。

《※ 『劇場版 フランダースの犬』に作監・キャラデザとして参加するために外れた。
その影響により、以降の一部の回では作画を外注に出すことになった。
そのうちの1つ、第18話「大騒動!サーカスの象が逃げた」の回では酷い作画崩壊(いわゆる「かんたん作画」
)を起こしたことで有名だ。》
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (4)

288: ポンポコ名無しさん 01:04:35 ID:smn
【家なき子レミ】
フランスを舞台に、捨て子の少女レミが旅芸人ヴィタリスと旅に出て、実の家族と再会するまでを描く。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (94)

放送期間:1996年9月11日~1997年3月23日 全26話(16話、19話、20話は本放送時未放送)
冠枠:世界名作劇場
提供:ハウス食品、NTT他
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (95)

監督:楠葉宏三
プロデューサー:佐藤賢一、瀧山麻土香(CX)
脚本:島田満、小山眞弓
絵コンテ:楠葉宏三、高木淳、寺東克己、鈴木孝義、飯島正勝、杉島邦久
キャラデザ:大城勝
作画監督:大城勝、井上鋭、森川聡子、丸山宏一
音楽:服部克久
企画:佐藤昭司、清水賢治(CX)

原作者:エクトル・アンリ・マロ(フランス/1830-1907)
原作:「家なき子」[Sans Fa-mille](1878)
舞台:推定1900年頃 フランス
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (96)

289: ポンポコ名無しさん 01:06:04 ID:smn
前作『名犬ラッシー』が打ち切りとなったことにより、名劇シリーズでは異例となる9月からの放送開始となった本作。

局をあげて盛り上げようと、放送開始の前日には特別番組が組まれ、翌10月からは『ワイワイ!アニメランド』というアニメPR番組でも定期的に告知がされた。

主演には本作で3度目となる堀江美都子氏を抜擢し、OP曲歌手にさだまさし氏を起用されたことで話題となった。

また、ED曲においては本編の終わり間際からそのまま導入されるという、いわば「聖母たちのララバイ方式」《※》となっており、趣向を凝らしたものとなっている。

こうしたテコ入れがされた理由は、言わずもがな視聴率の低迷を背景としたものであろう。

しかし、時代の流れには抗えず、本作が地上波放送における名劇シリーズの最終作となってしまったのだ。

BS放送で次作『少女コゼット』が始まるまでの間、名劇シリーズは10年の休止となる。

《※ 本編の終わり間際にED曲のイントロを被せ、そのままED映像に移る手法。
読売テレビのプロデューサー諏訪道彦氏が「火曜サスペンス劇場」で行われていた手法に倣い、その初代ED曲であった「聖母たちのララバイ」にちなんで命名したもの。
諏訪氏の担当した『シティーハンター』ではTVアニメとしては初めてそれが導入された。》

291: ポンポコ名無しさん 01:08:03 ID:smn
原作はエクトル・アンリ・マロの「家なき子」。

『ペリーヌ物語』の原作「家なき娘」とは同じ原作者による姉妹作品の関係にある(先に出版されたものは「家なき子」)。

主人公レミは原作では男の子であったが、本作では女の子として設定された《>>>1》。

この改変は名劇シリーズの主な視聴者層とされた女性層を意識したものであったが、これも先述した通りテコ入れの一つであったことは明らかだ。

ちなみに「世界名作劇場大全」によると、 安達祐実主演のドラマ『家なき子』の人気にあやかり、同じ邦題を持つ「家なき子」が名劇シリーズの企画候補として加わったという《>>>2》。

その影響を受け、レミの性別も変更したとのことだ。

しかし、ワイはその情報を「世界名作劇場大全」由来のものでのみでしか確認したことないので、正直かなり疑わしい。

《>>>1 それに合わせてか、名前の綴りが[Remi]から[Remy]に変更された。
男性形と女性形の違いが意識されたものだと思われる。しかし、調べてみたらどちらも主に男性に対して使われるフランス語名だという。》

《>>>2 ドラマ『家なき子』の方はマロの「家なき子」とは直接関係のない内容である。しかし、シリーズ第1作目の方ではマロの「家なき子」を意識していたという。犬が出てきたのはそのためだろうか。》

292: ポンポコ名無しさん 01:09:56 ID:smn
性別を変えたため、原作にあったレミのお家事情に関わる設定が使えなくなってしまい、つじつまを合わせながらの大胆な脚色を余儀なくされた。

その強引さのあまり、登場人物のキャラ描写が簡易になりすぎたことは否めない。

しかし、女性主人公ならではの情感豊かなドラマが意図して作られており、特にオリジナル展開となる物語後半においてその色が濃くなる。

その中には恋愛描写を思わせるものもあり、本作ならではの見所となっている。

しかし、本作への批判もそこに集まりやすいため、評価の分かれ目となるだろう。

女の子となったレミのデザインは意図的に少女漫画風に寄せられているのだが、テコ入れがあったこと以外にも、こうした描写を想定してのことだろうか。

294: ポンポコ名無しさん 01:10:59 ID:smn
本作のキャラデザ・作画監督には大城勝氏が起用された。

『私のあしながおじさん』では癖のある作画によって一部ファンから物議を醸した大城氏。

しかし、本作では作風が丸っきり違っているからなのか、キャラデザと作監の両面においてファンから好評を得ている。

楠葉氏曰く、構図の組み方が上手く、関係者からはアクションシーンに強みを持っているといった評判があるようだ。

事実、確かに本作は細々と“動き”が見られる作品であり、「新しい世代」の名劇作品であることをひしひしと感じさせてくれる。

また、作監において注目すべき人物には井上鋭氏もいる。

大城氏とは1994年『七つの海のティコ』以降より続く作監仲間となるが、井上氏もまた“動き”に強いアニメーターでもあるのだ。

両氏は『ロミオの青い空』で実質的に共同作業《※》を行っていたチームでもあったが、両者の相性の良さは本作で最も発揮されたことであろう。

『ロミオ』はキャラデザの佐藤好春氏の色が濃かった作品であり、画についていくのに苦労したと語る。

しかし、本作は大城氏自身がキャラデザであり、同じ「新しい世代」の井上氏にとっても描きやすかっただろう。

《※ 放映リスト上では形式的に交替制であるような記載がされている。》

295: ポンポコ名無しさん 01:12:21 ID:smn
本作の作風は一貫して暗く、序盤のくだりや働かされる子供たちが出てくるという点は『ロミオの青い空』と似ている。

全体的に作風もそれに近いが、本作の方がより悲哀的だ。

また、序盤6話までの脚本には『ロミオ』の全話脚本を担ったこともある島田満氏が担当している。

7話からは島田氏が産休に入ったため、小山眞弓氏が引き継ぐことになったが、序盤の内の交代なのでさほど気にするものではない。

物語はメインキャラであるヴィタリスの死を境として、前半の旅編と後半のパリ編に分けることができる。

前半は概ね原作に沿った展開だが、後半は先述した通りオリジナルの展開である。

このようにした理由はレミの性別変更による影響もあるのだが、監督の楠葉宏三氏によると原作を忠実に再現してしまうと、話が散漫としてしまうからだそうだ。

そのため、原作ではレミはパリに入った後もしばらくしたら再び旅に出るのだが、本作ではパリをメインの舞台としてオリジナルのエピソードを膨らませた。

原作は「家なき娘」の倍以上はある長編作であり、それをスパッとまとめてしまったためか、序盤から展開が駆け足気味である。

また、前作『名犬ラッシー』のこともあってか、放送回数が予定よりも短くなることも予期していたのだろう。

実際、本放送時には放送回数が名劇シリーズ最短となる全23回となってしまったのだ。

296: ポンポコ名無しさん 01:13:59 ID:smn
実は「家なき子」は過去に3度もアニメ化《※》されている。

その中でも特に有名なのが東京ムービー新社制作の『家なき子』であろう。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (97)

出崎統氏が総監督と全話絵コンテを務める往年の名作であり、名劇シリーズ以外の名作ものアニメの中でも知名度は高い。

『家なき子』の方は原作に忠実に作られており、その渋い作風は本作とは大きく方向性が異なっている。

そのため、どうしても本作と比較されてしまい、消極的あるいは否定的な評価を受けることがある。

名劇シリーズではそれまで原作からの物語改変というのは、原作内容を補強したり、基本的設定のみを活かしてアニメーションに向いた物語を新たに形作るという目的で行われてきた。

本作ではレミの性別変更によって原作内容をかなり補強する必要があった。

そして、話が散漫しないようにして、レミが実の母と再会するという作品本来の目的に結びつく新たな物語作りもする必要があった。

しかし、いつ打ち切られてしまうかもしれないというゆとりのない状況の中で、 本作が課せられた課題はあまりにも大きすぎたのだ。

本作をもって名劇シリーズが休止となってしまったのだが、その原因をシリーズ後期作品の度重なる原作からの物語改変に求める人は多い。

しかし、そもそも各々の作品を初めて視聴するときにどれだけの人があらかじめ原作を知っていようか。

そして、あらかじめ原作を知っている層が視聴率にどれほどの影響を与えようか。

名劇シリーズの低迷の理由を原作との比較によって安易に結びつける考え方にはまず無理があるだろう。

《※ あとの2つは、東映まんがまつりの1970年度公開作品の1つ『ちびっ子レミと名犬カピ』と、ダックス制作の『まんが世界昔ばなし』の第55回「家なき子」である。》

297: ポンポコ名無しさん 01:15:38 ID:smn
■1997年から2007年までの間

ここまで、ズイヨー映像制作の『アルプスの少女ハイジ』(1974)と、日本アニメーション制作の『フランダースの犬』(1975)から『家なき子レミ』(1996-97)までの24作品を説明してきた。

そして、『レミ』を最後に名劇シリーズは長い休止に入ることに。

2007年にBSフジにて復活するまでの間、10年間のブランクをあけることなったのだ。

以後、同時ネット地上波本放送という形で名劇シリーズが放送されることはなくなり、その知名度は衰えるものとなった。

298: ポンポコ名無しさん 01:16:58 ID:smn
その後のCX系列日曜19時半枠についてだが、『名犬ラッシー』の解説でも触れた通り、CXの上層部ではかねてよりバラエティ番組を入れたがっていたという。

ゴールデン帯アニメの衰退はテレビ業界全体で起こりはじめていたことであったため、同放送枠もその情勢に晒されたということが伺える。

そのためか、1998~99年にかけて同放送枠では『トロイの木馬』というバラエティ番組が放送されていたのだ。

それでも、その一時期を除けば、2004年まではアニメ番組が継続されることとなった。

以下がその番組経緯だ。

【CX系列日曜19時半~20時放送枠】

→カルピスまんが劇場シリーズ(1969-74)
『どろろ』/『どろろと百鬼丸』(1969)を除き、他は瑞鷹エンタープライズの企画製作
制作は主にズイヨー映像

→世界名作劇場シリーズ(1975-97)
日本アニメーション制作

→『中華一番!』(1997-98)
日本アニメーション制作

→『トロイの木馬』(1998-99)
バラエティ番組

→『GTO』(1999-00)
スタジオぴえろ制作
CX系列水曜19時半枠からの移動

→『学校の怪談』(2000-01)
スタジオぴえろ制作

→『ONE PIECE』(2001-04)
東映アニメーション制作
CX系列水曜19時枠からの移動
その後、CX系列日曜19時放送(2005)→CX系列日曜9時半放送(2006-)

→『平成教育予備校』(2005-06)
バラエティ番組
後に番組名を改題して19時からの1時間番組となる

299: ポンポコ名無しさん 01:18:20 ID:smn
さて、ここで気になるのは、そのブランクの中で名劇シリーズはどうしていたかである。

地上波本放送こそ終えた名劇シリーズだが、映像化自体はこの間にもおこなわれた。

それが劇場用リメイク作品の制作である。

まず、劇場用リメイク作品について。

名劇シリーズでは地上波TVシリーズが末期を迎えていた頃、初期の名劇作品を最新の技術を使って劇場用にリメイクするという企画が立てられていた。

その第一作となる作品として、まず公開されたのが『THE DOG OF FLANDERS(劇場版 フランダースの犬)』である。

公開されたのは1997年3月15日であり、『家なき子レミ』がラスト2話を残す時点でのことであった。

そして、地上波名劇シリーズ休止後の1999年4月3日。

第二作として『MARCO(劇場版 母をたずねて三千里)』が公開された。

同作は仮編集したものを試写会に通したあとで、観客の反響を見て再編集するという試みが行われて完成されたものだ。

それまでに使われたセル画枚数は約10万枚に達し、制作期間が2年に及んだという。

前作以上に力が注がれた作品であった。

しかし、共同製作および配給元であった松竹が深刻な赤字状態であったことも要因に、その興行は失敗に終わってしまった。

そのため、第三作として企画されていた『あらいぐまラスカル』の劇場版も打ち切られるという憂き目に合うことに。

300: ポンポコ名無しさん 01:19:25 ID:smn
名劇シリーズでは過去にTVシリーズの再編集映画やブロー アップ版も制作されたことがあった。

しかし、その認知度は名劇ファンの間ですら芳しくはない。

再編集にしろ、リメイクにしろ、新作でない限り「名作ものアニメ」で劇場版を作ろうとする試みには、視聴者目線…少なくともワイからすれば違和感しか感じえない。

その後、2000年12月から2001年8月にかけてBSフジから『世界名作劇場 完結版』シリーズが放送されている。

これもTVシリーズの名劇作品を前後編構成(各45分)の総集編としてまとめたものであるが、個人的に劇場版作品よりかはいくらかましに思えるものだ。

ちなみに、瑞鷹側でも2000年に劇場用リメイク作品として『アルプスの少女ハイジとクララ』という企画が立ち上がったことがある。
しかし、それも『ラスカル』と同様に頓挫している。

301: ポンポコ名無しさん 01:20:21 ID:smn
【レ・ミゼラブル 少女コゼット】
19世紀前半のフランス。数奇な運命に導かれながら、少女コゼットや彼女を守り育てるジャン・ヴァルジャンは激動の時代を助け合って生きる。
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (98)

放送期間:2007年1月7日~12月30日 全52話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
(本放送時のみメーカーロゴをOPキャッチに入)
提供:ハウス食品、バンダイ 他
アニメ「世界名作劇場」シリーズ (99)

監督:桜井弘明
プロデューサー:加藤道夫、田中敦、佐賀賢一、伊藤幸弘(CX)、山本幸治(CX)
シリーズ構成:金春智子
脚本:金春智子、丸尾みほ、平見瞠、横谷昌宏、池田眞美子、島田満
絵コンテ:桜井弘明、四分一節子、岡本英樹、井硲清高、佐藤雄助、小滝礼、尼野浩正、福田道生、梅本唯、藤森久
キャラデザ:渡辺はじめ、吉松孝博
作画監督:藤原宏樹、山本径子、阿部千秋、加瀬政広、南伸一郎、清水恵蔵、孫吉永、宍戸久美子、渡辺昭、梶尾紳一郎、飯飼一幸、鈴木伸一
音楽:松尾早人
企画:佐野浩平、石川和子、前田和也(CX)

原作者:ヴィクトル・ユゴー(フランス/1802-1885)
原作:「レ・ミゼラブル」[Les Miserables](1862)
舞台:1819~1834年 フランス
「世界名作劇場」シリーズ

302: ポンポコ名無しさん 01:21:31 ID:smn
10年ぶりにBSデジタル放送として復活を果たした名劇シリーズの記念すべき復帰作。

実は本作の制作発表自体は2002年に既に行われており、当初は中国中央電視台と共同で制作されることになっていた。

しかし、何があったかは不明であるが、制作が延期されてしまい、結局は従来通りの日本アニメーションの単独制作となったという経緯がある。

日本アニメーション社長の本橋浩一氏の談によると、制作決定の段階で「テレビ局に売り込みをはじめているところ」と語ったところから、当初は「世界名作劇場」の作品とは決まっていなかった可能性もある《※》。

《※過去の例として、『ブッシュベイビー』の初期企画が名劇シリーズとは異なる単体の作品として予定されていたという経緯がある。》

303: ポンポコ名無しさん 01:22:35 ID:smn
本作では名劇シリーズでは久々となる現地ロケハンが実施された。

これは1991年放送の『トラップ一家物語』以来のことであり、これを皮切りに本作以降の名劇作品でも実施されることとなった。

実は、美術設定として後期の名劇シリーズを支えた伊藤主計氏にとってはこれが初めてのロケハン参加となった。

それまではヨーロッパ中を旅したことがある経験と、社内に残っていた資料から美術を手掛けてきた伊藤氏。

本作ロケハンでは直にデジカメを使っての詳細な取材が行われたのだ。

パリの街並みこそ19世紀半ばのパリ大改造によって、舞台当時の風貌は失われていた。

しかし、パリ以外で主要な舞台となるモントルイユやモンフェルメイユの町を訪れた際には、意外と当時のものが多く残されていたとのことだ。

304: ポンポコ名無しさん 01:23:46 ID:smn
本作の作風について、まず誰もが注目するのはその絵柄であろう。
「世界名作劇場」シリーズ (2)

よく「萌え絵」と評されてはいるが、全体を俯瞰すると、むしろその源流である少女漫画の絵に近いとも言える。

実はこのような絵柄は前作『家なき子レミ』の時点でも意図はされていたが、それを更に発展させたかのような本作の絵柄については往年の名劇ファンからの賛否の声は大きい。

なぜ、このような絵柄に至ったかは不明であるが、制作に至った経緯に理由があるのかもしれない。

305: ポンポコ名無しさん 01:24:48 ID:smn
また、物語面においても、本作は従来の路線とは異なった風合いを持っている。

それは名劇シリーズとしては珍しく歴史大河としての側面を持っているからだ。

そのため、所々で展開される群像劇が一つの物語に収束していく様に、連続した緊張感を覚えていくことだろう。

名劇シリーズでは久しい4クール満了の作品ながら、中弛みを感じさせない点を評価する者を他にもいることに期待したい。

ちなみに、ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」自体は名劇シリーズでは以前から何度も企画案として出されていた。

いつも暗いという理由ではじかれていたそうだが、原作が長丁場なだけに十分な放映尺が確保できた今回のタイミングに選ばれたのは正解だったのかもしれない《※》。

なお、本作の全52話放映というのは制作前の段階から決まっていた。

《※ 逆にタイミングを完全に外してしまった例が『家なき子レミ』だろう。
こちらも原作は本来長丁場な内容であるのだが、制作に入った際の放映尺は2クール分しか確保できなかったのである。
そのため、根幹となる設定にまで手を加えながら、大幅な原作改変を余儀なくされた。》

306: ポンポコ名無しさん 01:26:17 ID:smn
画風と物語面に異色さはあるものの、本作について言えば両者は上手いこと馴染んでいたと感じる。

『キャンディ・キャンディ』や『ハロー!サンディベル』、放映時期の近いものであれば『明日のナージャ』《※》などの例があるように、少女漫画絵と歴史大河風の物語という組み合わせは親和性が高いのである。

一方で、本作は群像劇という面もあるため、主人公コゼットばかりに焦点が当たっているという訳ではない。

そもそも原作における本来の主人公はジャン・ヴァルジャンである。

本作は名劇シリーズの中でも比較的原作に忠実な部類であるため、やはり物語の中心として目立つのはジャンの方である。

《※ 2003年に放送された東映アニメーション制作のアニメ作品。
「母と子」がテーマであったり、名劇シリーズのいくつかの作品を彷彿とさせる設定があったりすることなどから一部で「東映版世界名作劇場」などと評されることで有名。
シリーズ構成が本作と同じ金春智子氏である。》

307: ポンポコ名無しさん 01:27:08 ID:smn
監督には桜井弘明氏が起用された。

90年代に新しいギャグ演出の立役者《※》としてアニメファンから脚光を浴びたことで知られる桜井氏だが、本作においては、かなり異色の人選であった。

企画を受けとった際、キャラ作りに関して「今の感覚でやってくれ」と要求されたと桜井氏が語っているあたり、制作陣が新風を吹き込もうとしたのは明らかだ。

桜井氏と知己にあった渡辺はじめ氏と吉松孝博氏らがキャラデザとして起用されたことからも、それが見て取れる。

名劇シリーズでは初めて設置されたシリーズ構成職には金春智子氏が起用された。

70年代より活躍しているベテラン脚本家でもある金春氏の起用というのは、脚本面においては従来の名劇シリーズ通りの手堅い人選であったと言える。

本作では「人を助け、助けられた人がまた人を助ける」ということをテーマとして盛り込まれている。

こうした人との関係が繋がっていく模様には群像劇を持ち味とする本作には相性が良いもので、そこに「シリーズ構成」の存在感が発揮されるものとなった。

《※大地丙太郎、佐藤竜雄ら両氏と共に『赤ずきんチャチャ』の演出で脚光を浴びた、通称「チャチャ三羽烏」の一人。
本作キャラデザの渡辺はじめ氏も『チャチャ』のキャラデザを手掛けたことがあり、桜井氏とは馴染みが深い。》

308: ポンポコ名無しさん 01:28:57 ID:smn
【ポルフィの長い旅】
大地震によって親を失い、妹と生き別れてしまった少年ポルフィ。妹を探してギリシャを旅立つ。
「世界名作劇場」シリーズ (3)

放送期間:2008年1月6日~12月28日 全52話
冠枠:ハウス食品世界名作劇場
(※OPキャッチで「ハウス食品」のメーカーロゴが使用されるのは本放送時のみ)
提供:ハウス食品
「世界名作劇場」シリーズ (6)

監督:望月智充
プロデューサー:高橋功、田中敦
シリーズ構成:国井桂
脚本:国井桂、谷口純一郎、望月智充、司馬元、山本麻里安、綿紀和
絵コンテ:望月智充、小林治、金澤勝眞、牧野行洋、立場良、細谷秋夫、上原秀明、寺東克己、山本寛、室谷靖、山本靖貴、藤森久、木村隆一、高柳哲司、安濃高志、芝山努、内田信吾
キャラデザ:赤堀重雄
作画監督:赤堀重雄、菱沼裕樹、加藤真人、服部憲知、松岡秀明、栗原学、飯野利明、高鉾誠、水川弘理、武内啓、深町明良、奥野浩行、KWON UNI、羽生貴之、Kim Dea Hoon、Kim Gi Du、谷津美弥子、
     KWON YUN HEE、飯飼一幸、Woo Seug Wook、張裕植、市来剛、重松しんいち、都竹隆治、藤原宏樹、今井一暁、堀内博之
音楽:MOKA☆
企画:佐野浩平、石川和子

原作者:ポール・ジャック・ボンゾン(フランス/1908-1978)
原作:「シミトラの孤児たち」[Les Orphenlins de Simitra](1955)
舞台:1953年 ギリシャ→イタリア→フランス
「世界名作劇場」シリーズ (5)

309: ポンポコ名無しさん 01:30:10 ID:smn
まず、失礼を承知で述べたいことがある。

名劇シリーズにおいてどんな賛否両論作でもありだったワイだが、本作に関しては強い難色を示している。

そのため、辛辣な説明になることをお詫び申し上げる。

BSフジ版名劇シリーズの第2作目であり、名劇シリーズ全体としてはTVシリーズ第25作目となる作品。

それを記念して、それまでの名劇作品に出演したことのある主要な声優が本作の各所に出演することになったため、一時話題を呼んだ。

前作『少女コゼット』と同様、本作の企画も以前より何度も候補として出されていた経緯がある。

最初期の企画案もかなり前々から出されていたようで、その際、生前の森やすじ氏がキャラクター原案を手掛けたこともある《※》。
「世界名作劇場」シリーズ (4)

本作は『ブッシュベイビー』と『七つの海のティコ』に続いて、3例目となる20世紀後半の時代を舞台とする作品だ。

そして、それらの例に漏れず名劇シリーズでも異彩を放つ内容として仕上がった。

本作ではその内訳となったのが、脚本・演出面における異彩さにあった。

《※ 『ブッシュベイビー』と『ロミオの青い空』も80年代初頭の時点で最初期の企画案が出されており、その時も同様に森やすじ氏がキャラ原案を手掛けたことがある。》

310: ポンポコ名無しさん 01:30:55 ID:smn
本作の物語は、物語全体の転換点となる「大地震」が起こってからのしばらくの合間を挟み、 序盤1クールの日常パートと2クール目以降の旅パートから構成されている。

序盤は作中に実写映像を入するといった風変わりな演出こそは見られたりはしたものの、脚本は比較的まとまっており、従来の名劇カラーは保たれていたといえよう。

しかし、旅パートに入ってからが本作の異彩さは顕著になるのである。

まず、特徴的なのが一話ないし二話完結型のエピソードが続き、連続性があまり感じられなくなったことだ。

そして、そのエピソード内容も一つ一つが名劇シリーズとしては異彩なものが目立っているのである。

その一例として個人的に衝撃的だったものを挙げるならば、映画『ゴッドファーザー』を模したであろうマフィア間の抗争《※》や姨捨山伝説を彷彿とさせるエピソードがあったことだ。

また、一部の登場人物には精神疾患や水商売を思わせる言及などが挙げられ、ファミリー向けとするには違和感を抱くような箇所が多く見られた。

このような衝撃が続いたためか、終盤のある場面ではヒロインが性的虐待を受けたのではないかと一部の視聴者の間で話題にされてしまうような事態にまで至った。

《※ 『ゴッドファーザー』シリーズの終盤でお馴染みの、敵対分子を一斉に粛清するシーンと同様の衝撃的なシーンが描かれているのだ。
間接的な描写ではあったが『トム・ソーヤー』以来となる私的殺人のシーンとして見てとれよう。》

312: ポンポコ名無しさん 01:32:17 ID:smn
本作の演出は各話ごと担当がまばらとなっており、1話限りの担当者も多い。

そのせいなのか、実験的とも取れるような演出が多く見られた。

脚本においては、シリーズ構成職が置かれている手前なのか、配分がある程度まとまっている。

しかし、先程も触れたように、本作は演出以上にその脚本と構成に大きな難を残してしまったのだ。

旅パートでは、アニメオリジナルとして描かれたエピソードが描かれており、その分ゲストキャラが多勢出てくる。

この時点では名劇シリーズでも前例のあることだが、本作ではその扱いに違和感を覚えてしまう。

それは、そのキャラとの出会いを主人公の心情変化やその後の物語の伏線としては特に活かされておらず、短編エピソードのことのみを考えて出されたものであると思えてしまうからだ。

この点が同じ旅パートを描いた『母をたずねて三千里』や『ペリーヌ物語』とは決定的に異なるところである。

また、『七つの海のティコ』の「親子」といったように一貫したテーマの基にゲストキャラを出しているわけでもなさそうだ。

物語終盤においても、「名作ものアニメ」として見ても際どい演出があることもさることながら、伏線が消化不良のまま終わりを迎えてしまったという印象が強く残る。

このように、中盤以降のシナリオ構成の問題点こそがワイが個人的に本作に難色を示した最大の理由である。

313: ポンポコ名無しさん 01:33:21 ID:smn
これまでの名劇シリーズを観ていれば大方想像はつくだろうが、本作の物語もやはり原作とは大きく異なった展開をしている。

そもそも原作ではポルフィ自身は大した旅すらしておらず、舞台こそ転々とするが《>>>1》、大体その場にとどまっている程度なのだ。

つまり、どうあってもアニメ側の構成に難があってしまうのだ。

シリーズ構成とメインの脚本として起用された国井桂氏の経歴についてはワイは詳細を知らない。

しかし、監督として起用された望月智充氏に関しては前々からある評判が一部のアニメファンから立っていた。

それは、演出や脚本を手掛ける時の個性は強いが《>>>2》、それだけに作品全体を支える監督業としては「いまいち」とのことだ。

本作において望月氏が具体的にどのように関与していたかは分からない。

ただ、確かに一つ一つのエピソードを取ってみれば名劇シリーズの中でも本作は特に強烈な個性を持ったものだと言えるだろう。

《>>>1 原作では震災後はイタリアではなくオランダに舞台を移している。》

《>>>2 有名な例が1996-97年放送の『勇者指令ダグオン』であろう。サンライズ制作の「勇者シリーズ」の中でも異色中の異色作として知られる。この時も監督として携わっていたが、同作は特に中高生以上の女性層からの人気を集めた。
名劇シリーズでいう『ロミオの青い空』的作品である。》

314: ポンポコ名無しさん 01:34:30 ID:smn
【こんにちはアン Before Green Gables】
両親を亡くした赤毛の少女アン。トーマス家へ引き取られてから、グリーンゲイブルズに行くまでの物語を描く。
「世界名作劇場」シリーズ (7)

放送期間:2009年4月5日~12月27日 全39話
冠枠:世界名作劇場
提供:ハウス食品、SECOM、H.I.S(13-25話)、バンダイ(27話以降)
「世界名作劇場」シリーズ (8)

監督:谷田部勝義
プロデューサー:山本雅史、田中伸明
シナリオディレクター:島田満
脚本:島田満、平野靖士、中弘子、中村誠
絵コンテ:谷田部勝義、高橋順、城所聖明、西田健一、きみやしげる、藤森かづま、小高義規、三原武憲、錦織博、寺東克己
キャラデザ:西村貴世
キャラ原案:佐藤好春
作画監督:西村貴世、武内啓、菱沼裕樹、佐々木恵子、佐久間康子、大橋学、清水昌之、古沢英明、加藤恵子、佐藤好春
企画協力:高橋由香、菅野知津子(バンダイビジュアル)

原作者:バッジ・ウィルソン(カナダ/1927-)
原作:「こんにちはアン」[Before Green Gables](2008)
舞台:1892~1897年 カナダ
「世界名作劇場」シリーズ (9)

315: ポンポコ名無しさん 01:35:34 ID:smn
BSフジ版名劇シリーズの第3作目にして、名劇シリーズにおいて事実上最後となった作品。

本作の物語はL.M.モンゴメリの「赤毛のアン」の前日談となる内容であるが、原作者は異なる。

モンゴメリ女史の家族が運営するモンゴメリ財団から執筆を正式委託されたバッジ・ウィルソン《※》という作家が本作の原作者なのだ。

執筆を委託されたのは「赤毛のアン」出版100周年を記念してのことであり、原書・邦訳版ともに2008年度に出版された。

そのことも合わせ、2009年度にはアニメ『赤毛のアン』の放送30周年を迎えることを記念して本作は制作されたのだ。

その記念を祝ってか、本作放映前にはカナダ大使館で第1話試写会の上映や、ツアー会社H.I.Sとのタイアップが行われたりと、BS版名劇シリーズの中では比較的盛り上がったような印象を受ける作品である。

その翌年が名劇シリーズ35周年だったことも合わせ、なんとなく少し話題になっていたと記憶している名劇ファンもいることだろう。

《※放映時に原作者が存命していた例として、名劇シリーズでは『南の虹のルーシー』、『わたしのアンネット』、『ブッシュベイビー』に続く4例目となる。》

316: ポンポコ名無しさん 01:36:38 ID:smn
監督には谷田部勝義氏が起用された。

奇しくも二作品連続で「勇者シリーズ」の監督を務めた人物が名劇シリーズに携わることになった。

谷田部氏は元より子供向けアニメにエッジが効いた人物であり《>>>1》、サンライズ畑の出身ながら日本アニメーションの作品にも90年代の一時期に携わったことがある。

そのため、BSフジ版の前二作品の監督に比べると、谷田部氏の起用は手堅い印象を与えるものとなった。

谷田部氏自身も物語展開のテンポこそは今の視聴者に配慮して上げるものの、「名作」という一ジャンルとしてオーソドックスにやり通そうという思いがあった。

事実、本作には従来の名劇シリーズに回帰したと見られる形跡がいくつも見られた。

池田昌子氏によるナレーションが入されたことはまさにその現れであろう《>>>2》。

《>>>1 一時期アダルトアニメの監督を務めていた時期もあったが。》

《>>>2 同じくオーソドックスな路線が意識された『ロミオの青い空』においても、同氏によるナレーションが入されている。》

317: ポンポコ名無しさん 01:38:03 ID:smn
前2作品では脚本・絵コンテ・作監・演出の担当が大なり小なり込み入っていたのに対し、本作ではほぼ安定したまとまりを持つようになった。

制作体制においても従来の名劇シリーズに近づいたという感じである。

この制作陣営において、オーソドックスという面で特に注目したいのはシナリオディレクター(シリーズ構成に相当)として起用された島田満氏であろう。

島田氏は旧来のオーソドックス路線を意識して制作された『ナンとジョー先生』と『ロミオの青い空』の全編脚本を手掛けていた実績を持つのだ。

また、トムス・エンタテインメント制作ではあるが2007年にはNHKで放映された『風の少女エミリー』という名作ものアニメの作品でもシリーズ構成として起用されたこともある。

これは、 L.M.モンゴメリの「赤毛のアン」シリーズの姉妹作品である「エミリー」シリーズをアニメ化したもので、他社制作ながらオーソドックスな名劇シリーズに近い作風《※》を持ったことで話題になった。
「世界名作劇場」シリーズ (10)

オーソドックス路線といえば彼女ともいうべきなのか、島田氏の起用には意図めいたものを感じざるを得なかった。

その意図を反映してか、本作においては脚本としても全体の6割にのぼる本数を手掛けており、3クール目はほぼ島田脚本によって占められる状態となっていた。

キャラ原案として佐藤好春氏が起用されていたことも合わせ、ここに制作スタッフの本作へのオーソドックス志向の強さが伺えるものとなった。

《※ いわゆる画的な面や物語内容などの幾つかの要素から「世界名作劇場っぽい」などと呼ばれるアニメ作品は今までにも何作もあった。
個人的にはそう称されても違和感を抱くものが大半であったが、ワイから見ても『エミリー』は久しく「世界名作劇場っぽい」と呼べる作品だった。》

318: ポンポコ名無しさん 01:39:09 ID:smn
オーソドックス志向とはいっても、 その作風はリアリズム路線の『アン』とはやはり大きく異なっている。

先述した通り、谷田部氏が意図的にテンポを上げていたこともあるのだが(尺が全39話ということもあるし)、原作の時点で既に作風が異なっているのだ。

原作は一言で片付けてしまえばアンの苦労話といった内容であり、「赤毛のアン」におけるアンというキャラクターが形成されていった過程を整合性を持たせつつ現実的に描いたのである。

そのため、「赤毛のアン」というユーモアで温かみのある印象に反し、「こんちはアン」では陰惨でいびつな人間模様が展開されているのだ。

また、物語の構成もアンの置かれてる環境によって大きく分けて3パートに分かれており、物語展開も劇的だ。

それらは本作においても反映されているため、アニメの『赤毛のアン』と比較した上で本作に対して批判的な評価を下すのはあまり酷な話になるだろう。

なので、その点は割り切って考えた方が良いと言える作品である。

アンのキャラクター像についても、逆境の中に前向きな明るみを見出だす姿から、『赤毛のアン』のアンよりかは『愛少女ポリアンナ物語』のポリアンナを彷彿とさせるものがある。

作風も陰惨な面とテンポが早い面から、比較的『家なき子レミ』や『ロミオの青い空』を彷彿とさせるため、強引な考え方をすればそれらに『ポリアンナ』を混ぜたような作品が本作なのである。

319: ポンポコ名無しさん 01:42:00 ID:smn
■etc

以下、ワイが個人的にまとめたノートより色々なデータ集を掲載する。
《人様に見せられるもの&分量の少ないもののみ》

★平均視聴率一覧表
no title

no title

★市販された映像ソフトリスト
《※ 数字は巻数を表している。》
no title

★作中の舞台リスト
no title

★作中の移動距離リスト
《※ 道順が明確に分かっているもの以外は基本的に直接距離》
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320: ポンポコ名無しさん 01:42:24 ID:smn
★受賞歴
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★レコード会社表
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★担当別メインスタッフ表
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★カテゴリー別キャラクターリスト
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321: ポンポコ名無しさん 01:43:10 ID:smn
★年代設定表

1819~1834年 『少女コゼット』
1837~1841年 『南の虹のルーシー』
1840年代 『トム・ソーヤーの冒険』
1863~1865年 『愛の若草物語』
1870年代 『フランダースの犬』
1870年代 『ロミオの青い空』
1878~1879年 『ペリーヌ物語』
1879~1880年 『母をたずねて三千里』
推定1860年代~80年代 『ふしぎな島のフローネ』
推定1880年前後 『アルプスの少女ハイジ』
1882~1883年 『ナンとジョー先生』
1890年 『小公子セディ』
1892~1897年 『こんにちはアン』
1885年 『小公女セーラ』
1897~1902年 『赤毛のアン』
推定1900年頃 『家なき子レミ』
1900年頃 『ピーターパンの冒険』
1900~1907年 『わたしのアンネット』
1912~1918年 『牧場の少女カトリ』
1914~1915年 『あらいぐまラスカル』
1920~1921年 『愛少女ポリアンナ物語』
1920~1927年 『私のあしながおじさん』
1930年代半ば 『名犬ラッシー』
1936~1938年 『トラップ一家物語』
1953年 『ポルフィの長い旅』
1965~1966年 『ブッシュベイビー』
推定1993~1994年頃 『七つの海のティコ』

322: ポンポコ名無しさん 01:44:08 ID:smn
★年代設定表+史実年表

史実の項目として取り上げてるものは分かる人には分かる

分からなければ気にするな

□1611 白、ルーベンス『十字架昇架』完成
□1612 白、ルーベンス『十字架降架』完成
□1612 仏、リュクサンブール公園 開園
□1661 英、チャールズ2世戴冠式
□1760代 英、イギリス工業化始まる
□1763 仏、パリでレヴェルベール灯採用(~1830頃)
□1789 仏、フランス革命(~99)
□1792 英、マードックのガス灯実用化
□1792 仏、第一共和政(~1804)
□1793 仏、旅券制度施行(~1860代)
□1796 仏、ワーテルローの戦い
□1800 仏、パリ警視庁設置
□1800 瑞、シンプロン峠に馬車道整備(~07)
□1803 米、ルイジアナ購入
□1804 仏、ナポレオンの皇帝即位/第一次帝政(~14)
□1811 米、ミシシッピー川に蒸気船が初運行
□1812 英、イギリスでガス灯事業はじまる
☆1813 ヨハン・ダビッド・ウィース、『スイスのロビンソン』刊
□1813 伊、ミラノ大聖堂完成(1386着工)
□1814 仏、フリュククールにてサンフレール社創業(~1969)
□1814 ウィーン会議(~15)
□1814 仏、ルイ18世の国王即位/復古王政(~30)
□1815 仏、ナポレオンの皇帝復位/百日天下
□1815 瑞、ウィーン会議にて永世中立承認
□1816 英、ソブリン金貨発行開始(~1917)
■1819~1834年 『少女コゼット』
□1819 仏、パリでガス灯事業はじまる
□1819 米、ミズーリ準州にハンニバル設立
□1820代 白、ベルギー工業化始まる
□1820 伊、ナポリ革命・シチリア革命
□1820 仏、ペルチエのキニーネ単離成功
□1821 米、ミズーリ州の合衆国加盟
□1824 仏、シャルル10世の国王即位
□1825 英、スティーブンソンの蒸気機関車実用化
□1830代 仏、パリでガス灯の普及はじまる
□1830代 仏、フランス工業化始まる
□1830 米、インディアン強制移住法成立
□1830 仏、ルイ・フィリップの国王即位/七月王政(~48)
□1830 白、ベルギー独立宣言/ベルギー王国成立
□1831 伊、カルロ・アルベルトのサルディニア王即位
□1832 仏、ラマルク将軍死去
□1832 仏、六月暴動
□1836 仏、ギゾー法成立…初等教育の整備
□1834 豪、南オーストラリア植民地法承認

328: ポンポコ名無しさん 01:49:00 ID:smn
これで書き留めたものは全て投下した

本当は舞台・時代背景についての解説も書こうと思ったんやが、あまりにも大変そうだと判断したので割愛した

>>322-326はその名残や

323: ポンポコ名無しさん 01:44:45 ID:smn
□1835 芬、最初の『カレヴァラ』を発表
□1836 豪、南オーストラリア入植開始
■1837~1841年 『南の虹のルーシー』
□1837 豪、南オーストラリア州、人口3000人越える
□1839 豪、ウィリアム・ライト死去
□1839 仏、ダゲールの銀板写真法発表
□1840 豪、アデレード市成立
■1840年代 『トム・ソーヤーの冒険』
□1842 白、初等教育法(ノトーム法)公布
□1848 仏、二月革命/第二共和政(~52)
□1848 伊、クストーザの戦い(第一次イタリア独立戦争より)
□1849 伊、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のサルディニア王即位
□1850代 仏、パリ大改造(~60代)
□1852 仏、第二帝政(~70)
□1852 英、ロンドンのキングス・クロス駅開業
□1859 伊、イタリア統一戦争(~60)
□1859 英、ビッグベン完成
□1860代 英、クリノリンスタイル最盛期
□1860 米、リンカーン大統領就任
□1861 米、南北戦争立発
□1862 仏、インターコンチネンタル・パリ・ルグラン開業
□1862 アルゼンチン共和国成立
■1863~1865年 『愛の若草物語』
□1863.1 米、奴隷解放宣言発表
□1863.7 米、ゲティスバーグの戦い
□1863.11 米、ゲティスバーグ演説
□1869 米、最初のアメリカ横断鉄道完成
□1861 伊、イタリア王国成立
☆1862 ヴィクトル・ユゴー、『レ・ミゼラブル』刊
□1862 芬、ヘルシンキ中央駅開業
□1864 伊、旧ミラノ中央駅完成
□1865 ラテン通貨同盟(~1925)
□1865 米、南北戦争終結
□1865 米、リンカーン大統領暗殺
□1866 普墺戦争
□1866 伊、クストーザの戦い(第三次イタリア独立戦争より)
□1867 墺、オーストリア・ハンガリー帝国(~1918)
□1867 加、カナダ自治領成立
☆1868 ルイザ・メイ・オルコット、『若草物語』刊
□1868 加、ペギーズコープの灯台建設
■1870年代 『フランダースの犬』
■1870年代 『ロミオの青い空』
□1870 英、ペニー・ファージング型自転車「アリエル号」発売
□1870 普仏戦争(~71)
□1870 仏、第三共和政(~40)
□1871 独、ドイツ帝国(~1918)
□1871 米、ニューヨークのグランド・セントラル駅開業
☆1871 ルイザ・メイ・オルコット、『第三若草物語』刊
☆1872 ウィーダ、『フランダースの犬』刊
□1875 ブエノスアイレス中央駅開業(~97)

324: ポンポコ名無しさん 01:45:32 ID:smn
□1873 加、プリンスエドワードアイランド州成立
□1873 大不況(~96)
☆1876 マーク・トウェイン、『トム・ソーヤーの冒険』刊
□1877 加、ビーコンズフィールド歴史館建設
□1877 豪、アデレード・シティ橋開通
□1877 英、ヴィクトリア女王のインド皇帝即位
□1877 伊、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア完成
□1877 伊、教育法改正(コッピーノ法)
□1877 米、ベルのベル電話会社設立
□1878 英、スワンの白熱電球発明
□1878 伊、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世死去
☆1878 エクトル・マロ、『家なき子』刊
■1878~1879年 『ペリーヌ物語』
■1879~1880年 『母をたずねて三千里』
□1879 白、初等教育法改正(フムベーク法)
□1879 白、行政における二言語主義採用
□1879 仏、パリのサクレ・クール寺院建設開始(~1914)
■推定1880年代 『ふしぎな島のフローネ』
■推定1880年前後 『アルプスの少女ハイジ』
□1880代 英、税制改革…地主・貴族階級の締め付け
□1880 墺、ゲオルク・フォン・トラップ誕生(~1947)
☆1880 ヨハンナ・シュピリ、『ハイジ』前半部 刊
☆1881 ヨハンナ・シュピリ、『ハイジ』後半部 刊
1881 仏、ジュール・フェリー法制定…13歳未満の児童労働禁止(~82)
■1882~1883年 『ナンとジョー先生』
□1883 豪、シドニー・メルボルン間の鉄道開通
□1883 米、ブルックリン橋完成
□1883 瑞、ロシニエール小学校建設
□1884 仏、ヴァルデック・ルソー法成立…労組の合法化
■1885年 『小公女セーラ』
☆1886 エドモンド・デ・アミーチス、『クオレ』刊
☆1886 フランシス・バーネット、『小公子』刊
□1886 防護巡洋艦「畝傍」消息絶つ
□1886 米、自由の女神像完成
☆1887 フランシス・バーネット、『小公女』刊
□1890代 英、パフスリーブ流行
□1890 墺、アガーテ・ホワイトヘッド誕生(~1922)
■1890年 『小公子セディ』
■1892~1897年 『こんにちはアン』
☆1893 エクトル・マロ、『家なき娘』刊
■1897~1902年 『赤毛のアン』
□1898 米、ブルックリン市のニューヨーク市編入
□1889 仏、エッフェル塔完成/第四回パリ万博
□1889 英、ロンドンのホテル・サヴォイ開業
□1896 ケニア、英政府保護下に(東アフリカ保護領)
□1898 仏、労災補償制度成立(フランス初の社会保険制度)
□1899 ケニア、モンバサ・ナイロビ間の鉄道開通
□1899 芬、シベリウスの『フィンランディア』発表

326: ポンポコ名無しさん 01:46:15 ID:smn
■推定1900年頃 『家なき子レミ』
■1900年頃 『ピーターパンの冒険』
■1900~1907年 『わたしのアンネット』
□1901 豪、オーストラリア連邦成立
□1903 米、ライト兄弟の飛行機発明
□1905 墺、マリア・オーガスタ・クッチャラ誕生(~87)
□1905 瑞、ロシニエールに鉄道開通
□1906 瑞、シンプロントンネル開通
□1906 米、スターリング・ノース誕生
□1907 加、旧シャーロットタウン駅舎建設
□1908 米、T型フォード発売
☆1908 ルーシー・モード・モンゴメリ、『赤毛のアン』刊
□1911 英、議会法成立…下院の優越が確立
☆1911 ジェームズ・マシュウ・バリ、『ピーターパンとウェンディ』刊
□1911 墺、ルーペルト・フォン・トラップ誕生(~92)
■1912~1918年 『牧場の少女カトリ』
☆1912 ジーン・ウェブスター、『あしながおじさん』刊
☆1913 エレナ・ホグマン・ポータ、『少女パレアナ』刊
□1913 アガーテ・フォン・トラップ誕生(~2010)
■1914~1915年 『あらいぐまラスカル』
□1914 第一次世界大戦立発
□1914 墺、マリア・フランツィスカ・トラップ誕生(~2014)
☆1915 エレナ・ホグマン・ポータ、『パレアナの青春』刊
□1915 墺、ウェルナー・フォン・トラップ誕生(~2007)
□1917.3 露、三月革命/皇帝ニコライ2世退位
□1917 墺、ヘートウィク・フォン・トラップ誕生(~72)
□1917.11 露、十一月革命
□1917.12 芬、フィンランド独立宣言/フィンランド王国成立(~18)
□1918.1 露、ボリシェビキ独裁
□1918.1 芬、フィンランド内戦(~18.5)
□1918 独、ヴァイマル共和政(~33)
□1918-20 スペイン風邪大流行
□1918 第一次世界大戦終結
□1918 墺、オーストリア・ハンガリー帝国解体/オーストリア第一共和国(~38)
□1918 米、スターリング・ノース、ラスカルと過ごす
□1918.12~ 芬、フィンランド共和国成立
□1919 芬、ヘルシンキ中央駅の新駅舎完成
□1919 墺、ヨハンナ・フォン・トラップ誕生(~94)
□1920 ケニア、英国植民地下に
■1920~1921年 『愛少女ポリアンナ物語』
■1920~1927年 『私のあしながおじさん』
□1921 墺、マルティナ・フォン・トラップ誕生(~51)
□1925 墺、マリア、ノンベルク修道院の修練女志願者に
□1926 墺、マリア、トラップ一家の家庭教師に
□1927 米、リンドバーグの大西洋無着陸横断飛行成功
□1927 墺、マリア、ゲオルク・フォン・トラップと結婚
□1929 世界恐慌始まる
□1930 現在のペット用ゴールデンハムスターの母系原種がシリアで捕獲

327: ポンポコ名無しさん 01:46:53 ID:smn
□1930 米、クライスラー・ビル完成
□1930 英、ロールス・ロイス・ファントムII 1930年型 販売
□1931 伊、新ミラノ中央駅完成
□1931 加、ウェストミンスター憲章により完全自治達成
■1930年代半ば 『名犬ラッシー』
□1932 墺、ラマー・アンド・カンパニー銀行破産
□1933 独、ナチス・ドイツ(~45)
□1935 米、カロザースのナイロン発明
■1936~1938年 『トラップ一家物語』
□1936 墺、トラップファミリー聖歌隊結成
☆1936 アウニ・ヌオリワーラ、『牧場の少女』刊
□1938 独、オーストリア併合
□1939 第二次世界大戦立発
□1940 仏、ヴィシー政権(~44)
☆1940 エリク・ナイト、『名犬ラッシー』刊
☆1941 リザ・テツナー、『黒い兄弟』刊
□1942 希、ギリシャ内戦(~49)
□1944 仏、ド・ゴール臨時政府(~46)
□1945 第二次世界大戦終結
□1946 仏、第四共和政(~58)
□1948 米、トラップ家のアメリカ市民権獲得
☆1949 マリア・フォン・トラップ、『サウンド・オブ・ミュージック』刊
☆1950 パトリシア・メアリー・セントジョン、『雪のたから』刊
□1952 希、NATO加盟
□1952 ケニア、マウマウ団の乱
■1953年 『ポルフィの長い旅』
□1953.8 希、ギリシャ大地震
☆1955 ポール・ジャック・ボンゾン、『シミトラの孤児たち』刊
□1958~ 仏、第五共和政
□1962 1962年型フォルクスワーゲンT1タイプ販売
☆1963 スターリング・ノース、『はるかなるわがラスカル』刊
□1963 ケニア独立
■1965~1966年 『ブッシュベイビー』
☆1965 ウィリアム・スティーブンソン、『カバの国への旅』刊
☆1965 米、映画『サウンド・オブ・ミュージック』公開
□1974 英、コヴェント・ガーデンの青果市場 閉鎖
☆1982 フィリス・ピディングトン、『南の虹』刊
■推定1993~1994年『七つの海のティコ』
☆2008 バッジ・ウィルソン、『こんにちはアン』刊

325: ポンポコ名無しさん 01:46:11 ID:zw3
情報量で草

331: ポンポコ名無しさん 01:59:19 ID:ENj
ホンマにガチだったから草

332: ポンポコ名無しさん 02:00:53 ID:toQ
たまーにアニメスレで見る世界名作劇場ニキかな?
おつ!

333: ポンポコ名無しさん 02:02:03 ID:RKD
よかおめ

334: ポンポコ名無しさん 03:41:46 ID:gIk
3時間かけて読み終えたが、恐ろしいほどの熱意を感じた


335: ポンポコ名無しさん 08:24:01 ID:P7q
本当に全部やりとげたんだな
怖いけどすごい
本書けるレベルやで

336: ポンポコ名無しさん 20:47:22 ID:k54
謎のガチっぷりで草
ペリーヌ好きだったな

339: ポンポコ名無しさん 19/12/10(火)09:09:33 ID:Wbv
これもう論文やろ

344: ポンポコ名無しさん 20/05/26(火)22:33:52 ID:kJ8
すげーな

345: ポンポコ名無しさん 20/07/14(火)00:58:41 ID:0Bq
シンプルにすごい
こういう熱量持てる人は尊敬するわ


引用元https://www.2ch.sc/
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ポンポコにゅーす

一寸想うところ有って
初心忘るべからずの気持ちが強い今の私です。
好きなものを好きだと想い語る情熱。
私が好きなのはそういうものです。
このサイトで一番最初の記事が議論記事だったのも
そういうのが始点。

閑話休題。
名作劇場シリーズでは初期の
フランダースの犬やハイジは超が付くほど有名ですが
晩年のコゼット辺りから遡っても正しく名作揃い。
全作を通して観るとロミオの青い空も異色さが良いし
印象的なものならティコやレミも良い作品だわぁ。

あぁ、あとあと近年だと
それまでは名作劇場に触れてこなかった方々が
アニメ版グリッドマンの特番で発生した流れを切っ掛けに
ポリアンナ物語を視聴する機会を得たというのは
不意打ちすぎて笑ったのもいい思い出ww
緑川光さんの御声で作品名が出たらもう勝利ですよね。

兎にも角にも、良い作品を語ったり
そこから誰か1人でも多く良い作品に触れる切っ掛けになるなら
いちアニメファン、いち趣味人として喜ばしいことだわ。
PS.
実は情報量が多すぎて記事にエラーが出たので修正更新なのです